ペルー:リマ(2009年5月)
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ペルーの首都リマ。

歴史あるペルーの首都だけあって、博物館の充実度は他の都市を圧倒している。

全ての博物館に行くほど時間も金もないので、

数ある博物館の中で選んだのは「ラファエル・ラルコ・エレラ博物館」

モチェ、チムー、ナスカ時代の土器や黄金が展示されている。

中でもモチェ時代の土器のコレクションは充実している。



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モチェ時代(BC.1C 〜 AD.8C)の土器には、ナスカ時代やチャンカイ時代のように

デフォルメしたかわいらしい土器は少ない。

そう、モチェ文化は世界でも稀な本格的な肖像土器を残したことで知られている。

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肖像土器は繊細かつ正確に人体工学的な特徴を写し取っており、

何らかの印や名前などを参考にすることなく、

顔かたちの特徴だけでモデルとなった人物を特定することができたと考えられている。

肖像土器の対象となったのは政治的権力者、神官、戦士、優秀な職人などで

人物ごとに様々な場面が表現された。

肖像土器には神々の顔も表現されたが、女性の肖像土器の存在は確認されていない。

頭飾りや髪型、体の装飾品、顔に施した化粧などが見事に描写されている。

肖像土器の多くは、儀式用のトウモロコシ飲料チチャなどを入れて使用した跡があり、

使用後に墓へ納めたと考えられる。(以上、博物館の解説文より)






時代によって人々が残したいと思ったものや残す方法に違いがあり興味深い。

土器にしてその当時の様子などを表現するというのは、

何かしら後世に残したいという欲求があったからだろう。






この博物館にはもうひとつエロティックな土器を集めたコーナーもある。

その名もSALA EROTICA(EROTIC GALLERY)

先ほど、モチェ時代の土器は本格的な肖像土器だといった。

つまりとても写実的だったということ。

食べること、寝ること、戦うこと、そして性の営みも

正確に描写した。



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最初に目に付いたのはこれ。

体との比率が凄い。

若々しさに溢れてる年代の頃だけど、これはいくらなんでもディフォルメしてるだろ。

でもこういうのは実際に使いたくないような気が…

実用的ではないと思う。。。

きっと日常に使う土器ではなく、埋葬するときとか他の用途だろうな。






あっ、最初にお断り。

たぶん以下に紹介する土器はモチェ時代のものが多いと思うけど、

ちゃんと確認しなかったので、正確なことはわかりません。

古代ペルーのものが集められてます。






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鹿?が正常位でしてるところ。

この時代に人々は何を見て何を思い、何を願っていたのだろう。



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一見、小中学生のイタズラ心満載の作品に見えてしまう気がしなくもないが…






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膣ではなく肛門へ。この時代で既に行われていたことに驚いた。

普通に男と女だけど。

単に子孫を残すという目的以外で性の営みが行われていた。






2つの展示室を繋ぐ場所にあった2作品。

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生々しすぎる…






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骸骨が自分の男根をもっている様子。



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男は骸骨、女は生身の人間で、女性が男根を握っているもの。



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男も女も骸骨で、男が男根を握られて喜んでいるような様子。


このような骸骨同士、また骸骨と生身の人間の性の営みはどういうことを示唆しているのか?

生と死。

モチェ文化の死生観には死後の、死人の世界が存在していたのだろう。

死んだ人は黄泉の国へ行き、

そしてお互いの世界を行き来するというか、

交流のようなものがあると考えていたのだろうか。



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骸骨が自分の男根を大事に持っている様子。

男根から精子が出ることにより生のストーリーが始まるから大切そうに持っているのか。
死後の世界と新たなる生の世界は繋がっている。

死から生へ、時間は連続しているということか。



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そして男根の裏に人の顔。

なんだこれは、男根の神様か?

こういうのを見ていると、あらゆるものに意思が宿っているというか、

単に体の一部という以上のものを感じる。






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性病に苦しむ様子。



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女性が男根を口に含む行為。

もっと平たく言いたいとこだけど、そうするとそっち系のサイトの

トラックバックとかつきそうなので止めときます。



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今も昔もそうそう変わってないのかな。






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これは子供が生まれる様子。

性の営みは人類が子孫を残すための大切な行為。






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最後に展示されていたのがこれ。

男女とも本当にいい表情をしている。

満足して、お疲れさんってとこかな。

性を楽しみ、そして性に感謝している、そんな印象を受ける。



この土器が性の営みの素晴らしさを表現しているような気がした。

2009.08.06 Thu l 24:南米:ペルー l COM(0) TB(0) l top ▲
ペルー:クスコ(2009年5月)
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インカ帝国の首都クスコ。

「クスコ」とはインカの公用語であるケチュア語で「へそ」を意味する。

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有名なのはインカの精巧な石組み。



いまのコロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、チリにまたがる

広大な帝国を築いたが、16世紀にスペイン人たちによってインカは征服されてしまう。



インカの人たちの土台の上にスペイン人は新たに町を築いた。

でもインカの時代の面影はいまもなお人々の生活に息づいているように思われる。



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メルカド(市場)は活気に満ちている。



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簡易食堂も多く、多くの人が利用している。



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フルーツジュースコーナー。

ボリビアと同様、品揃えも値段も同じ店が並び、どこにしていいのか迷う。

結局は人柄のよさそうなおばちゃんか、呼び込みの上手い人のところにしてしまうけど。


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デザートも豊富。



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いいおばちゃんだとつい通って常連になってしまう。



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ちょうど母の日近くで、臨時のケーキ屋も出ていた。



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ちなみにこれは町のケーキ屋。

種類がたくさんあるというよりは、飾りつけを変えてるだけ?

見た目は原色が多く鮮やか。味の方は…



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これも母の日に関係あるのか、花を売っている人が多かった。



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市場だけでなく、自分の所でとれた野菜などを売る人が路上に溢れている。



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肉はもちろん、



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生の魚もある。

昔とは違い、輸送技術が発達しただろうから、これは昔にはなかった光景かな。



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頭だけを何に使うのか。。。



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アンデスが原産の真っ赤に熟したトマトもたくさん。



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おこぼれをもらおうと犬も必死。

でも決して商品には手を出そうとしない。



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内職をしながらだけど、どっちが本業か分からない。

人によって品揃えは様々。

町の近郊から売りに来ているのだろう。

かつては物々交換もあっただろうが、いまは貨幣経済社会。

でも家のご近所同士では物々交換も行われているのかな。






露天商が並び町は活気にあふれる。

そしてそれの最大規模な「泥棒市」と呼ばれるものが、毎週土曜日に行われる。

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ブルーシートの屋根が道を埋め尽くす。



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売っているものは多種多様。



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中にはこんなパソコンのマザーボードも。



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リモコンや充電器、ビンにスプーンと品揃えに系統はない。



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電話にドライヤーに人形に何かの鉄の部品など、

とにかくなんでも拾ってきて並べているといった感じ。

本当に売れるのか、そして売れると思っているのか疑問だけど、

う〜んあまり深くは考えていないのだろう。



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ギター工房の兄ちゃんたち。



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食べ物を扱う露天商も多く、捜し歩くのに疲れたら、これらを軽く頬張りひと休み。

焼きバナナは、生よりもバナナの甘みが引き出されとても美味しい。

奥にはアンデスらしく焼き芋も。



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これはクイ。

この辺りの地方ではタンパク源として重宝されてきた。



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カワイイこの子たちね。



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味は鶏肉に近い感じかなぁ。

そこそこいける。



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昼前に声を掛けられ、後で食べに戻るって言って、戻ったらこの表情。

昼食のお客の波が途絶え、ひと休みといったところか。

これは豚のから揚げ。






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人口が増えるにつれ、町は拡大していった。

そうして斜面にも家々が立ち並ぶようになり、

奥行きのある面白みのある街並みが生まれる。



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地形に沿って路地が湾曲し、

所々に下を見渡せるような展望台のような小広場があり、

散策するのに楽しいルートが生まれる。

そしていい匂いをさせるパン屋や小さな中庭をもつカフェなどがあるので、

もう言うことなしである。



そのまま坂を上って行くと町を一望できる場所に出る。

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スペイン人が入植時に定めた都市計画法(インディアス法)は

広場を中心にして碁盤の目状の街路を張り巡らすというもので、

これはインカの都市計画と同じだった。

そこでインカの街並みの基盤をそのまま使ってスペイン人は町を発展させた。

真ん中やや下方に見えるのが中心のアルマス広場。



クスコにはこのアルマス広場の他にも多くの広場や公園があり、

多くの人に利用されている。

その中に、ベンチに座って何をするでもなくただ座っている人を見かけることは

何も珍しいことではない。

別に退屈そうにしているわけでもない。



何もしない時間。



日本に居たとき、そしてこの旅行中でも、

何もせずボーっとしているということはまずないと言っていいだろう。

時間は出来るだけ有効に使いたいと思うから。

働いていたときの休日はというと、

忙しかった週の週末は寝込み、何となくテレビをつけ、

何となく時間が過ぎて、気がつくと夕方で「もうこんな時間か」って思ったり、

そうでなければスポーツをしたり出掛けたり、飲みにいったり、

たまにダラっとすることはあっても、

常にどこかに時間は有効に使わないと、という意識があった。



現地の人に時間を聞かれることがたまにある。

時計を持ってないというよりは、ほとんど必要ないのだろう。

日時計に従い、時間に追われることなく生活している彼ら。



こちらの人の、ベンチに座ってただ空を眺めている姿を見ると

羨ましくも思う。

実際同じようなことをしてみても、そうそう長くは続かない。

どうしても時間がもったいないって思ってしまう。

日本人というか都会人、いや現代人としての性格が染み付いているのだろう。

ある意味贅沢な時間の使い方だ。



でもあせらずのんびりとして、空を太陽を、

そして空気を感じられるような心の余裕を持ってみたい。

そして多くの人がその心の余裕を持てるようになれば、

社会の空気が少しは変わるような気がする。



いろいろな社会問題が生まれ、それらの対処法に苦しむ人たち。

遠回りのようだけど、一見無駄なような何もしない時間を味わらせることが

結構効果的な結果を生むかもしれない。



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心に余裕があれば物事はうまく進むし、

心に余裕があれば社会の空気は穏やかになる。






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そうこうしている間に日は暮れはじめる。



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街灯の明かりが見事な夜景をつくりだす。

このクスコの夜景はこれまで見た夜景の中でもトップクラス。

写真はないけど、郊外からバスで戻るときに見える、

この写真よりもっと上から見た夜景は本当に素晴らしい。



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さて、月もきれいなことだし、まわりの雲も不思議な感じだし、

一丁インカマッサージでも受けに行くか!!

ということで歴史ある(とはとても思えない)

インカの秘術を尽くした(ともとても思えない)

マッサージを受けることにした。

アルマス広場付近を歩いているとやたら声が掛かるから、どんなものか試したくなった。

普通のマッサージが1時間で300円ちょっと。

そしてインカマッサージが600円ほど。

となると、ここはクスコ。インカマッサージを受けるべきでしょう。



さてこれがどんなのかというと、

暖めた石を使ってマッサージをするというもの。

マッサージの類は初体験だったので、

これが果たして特別なインカならではのマッサージなのかは不明…

でも暖かい石でつぼを押されたり、

コロコロと肌の上を転がしてもらうのは気持ちよかった。

時短されることもなく、気分がいいまま終了。

なかなかのコストパフォーマンスだった。



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路地は夜になると表情を変える。



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人が少なくなった歴史ある街並みが暖かみのある街灯に照らされる。



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街灯によって照らされた滑らかな石畳の表面は、

数え切れないほどの人々が通り過ぎていった長い歴史を物語っている。

(滑るし歩きづらいけどね)
2009.08.04 Tue l 24:南米:ペルー l COM(0) TB(0) l top ▲

ペルー:オリャンタイタンボ(2009年5月)
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聖なる谷の町のひとつオリャンタイタンボ。

ひっそりと落ち着いたウルバンバ川沿いの町、というか村といった方が適切かもしれない。



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インカ時代の見張り小屋が今も残り、まわりには田畑が広がる。






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珍しく日本のような銀瓦屋根が多く、家々はまわりの環境に溶け込んでいる。

オレンジ色だったのが風化しすぎてこの色になったのかもしれないけど…



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田畑に使う灌漑用水路なのか、また家庭でも使用する上水道なのかは不明だけど、

町中にはこの用水路が数多くあった。

これはインカ時代につくられたものをいまだに使用し続けている。

家からちょっと出て、この水を汲んでいく人の姿も見られる。



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このようなその土地ならではの生活の工夫が、その町の景観を固有のものにもする。



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また流れる水の音が心地よい。



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インカといえばカミソリの刃を通さないほどの精巧な石組みが有名だけど、

それらは主に公共建築、宗教建築において用いられている。

一般の建築にはアドベ(日干し煉瓦)や石片を泥のモルタルで固めたものが使用されている。



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このような些細な工夫が道行く人の移動に彩を与える。






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民族衣装はカラフルなものが多い。

町の色は落ち着いているのに、そこに居る人々の衣装は華やかだ。

町を構成する家々はその土地で取れる自然の材料、木や石、土を使うため、

町全体は寒色系の色になりやすい。

しかしそういう中に入るからこそ、カラフルな色を好むようになったのかもしれない。



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衣装の使う素材も自然素材を使って染めている。






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帽子の本来の機能は果たしてない気がするけど、

着飾るものとして、また荷物を運ぶために(?)活躍している。



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あっ、頭の上の花が増えてる。






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このような光景を目にすることが多い、静かな村。

刺激は少ないけど、ゆったりと過ごすにはいいところだ。

子供を育てるのにもこのような環境がいいかもしれない。



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学校では体育(かな?)の授業中だった。

個々人、好きなように音楽を感じて、好きなように踊っていた。

日本の体育の授業とは違うもんだ。



ここでの滞在は心休まるものだった。

このような所で生まれ育ったわけではないが、

妙に懐かしさを感じてしまうようなところだった。

もしかしたら我々の遺伝子にこのような風景が染み込んでいるのかもしれない。



特に取り留めのない内容だけど、このへんで…

2009.08.02 Sun l 24:南米:ペルー l COM(0) TB(0) l top ▲

ペルー:マチュピチュ(2009年5月)
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マチュピチュ、この有名すぎる遺跡を訪れるかどうか最後の方まで迷っていた。

以前一度訪れていたこともあり、

さらにそのときよりも交通機関・入場料が格段に値上げされていたから。

でも前回の訪問時は雲ひとつない快晴の下での観光。

マチュピチュは空中都市の異名をとる遺跡なので、

ぜひとも霧の合間から顔を出すような幻想的な景色を見たかった。

まだ完全に乾季に移ったわけではないから、見れる確率は低くはない。

そして前回は山に登って上から遺跡を眺めることができなかったので、

それも心残りとしてあった。



で、やってきたマチュピチュ。

結果的にはまたもや快晴…

昼前くらいから雲は出てきたけど、霧にはなる気配もなく、そのまま…



開門と同時にワイナピチュを目指す。

マチュピチュを訪れた人は大抵口を揃えたように、ワイナピチュ(からの眺め)は良いと言う。

でもそれが凄い疑問だった。

確かに上から遺跡を眺めることができるので、それは素晴らしい眺めだろう。

でもそうすると必然的にワイナピチュを見ることはできなくなる。

マチュピチュは遺跡と背後のワイナピチュがセットになって初めて

その魅力が最大限に発揮されると思う。

もちろん遺跡自体の素晴らしさとかもあるだろうけど、遺跡自体の眺めとして。

だから登るならマチュピチュ山って思ってた。

でもみんなの意見を確かめるためにもとりあえずワイナピチュに登ってみることに(笑



30分で登頂。頂上にはまだ数人。

どれどれ。

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左から順に、ハイラムビンガムロード、マチュピチュ遺跡、

ウチュイピチュ山(確かそんなような名前だったと思う…間違ってたらごめんなさい)

そして遺跡の奥に見えるのがマチュピチュ山。

お〜、爽快。

やはり俯瞰するのは気持ちいい。



しかし。。。

バランスがやや悪いというか、やはりどこか物足りない。

遺跡だけとったら、他のインカの遺跡にも素晴らしいものはある。

マチュピチュをマチュピチュたらしめているのは、そのロケーション故にだろう。

まわりを高い山々に囲まれ、その中に浮遊するように山の上(正確には尾根)にある都市。

そして遺跡の後ろのワイナピチュとウチュイピチュの大小の山が背後からそれを支える。

その全てが揃って初めて空中都市マチュピチュと言えるのではないだろうか。



有名すぎる写真(遺跡の後ろにワイナピチュがそびえている)に

影響を受けすぎていることも一因だが、あの眺めが素晴らしいことにも異論はない。



ということで、やはりマチュピチュ山から眺めないわけにはいかないだろう。

と、その前にウチュイピチュにも行っておこう。

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ウチュイピチュからの眺め。

後ろにあるのがマチュピチュ山。

広場を囲むように遺跡群があり、奥の段々畑の連なりもきれいに見える。

バランスも良く、お〜なかなかいいじゃん。



で、とりあえず遺跡見学を先に終わらせてしまうことにする。

精巧な石組みや水路など、大部分がよく残っているので、見所は多い。



そして場所に応じて、全体像の見え方も変わってくる。

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お気に入りの眺め。



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全般的に背後にワイナピチュが入るとやはり違う。

有名ポイント以外からでも十分にその魅力が伝わってくる。

それにこちらから見たほうが遺跡全体の配置のバランスがいいようだ。



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長くなってしまうのでここでは言及しないけど、

遺跡にはインカの人たちの技術力の高さなど素晴らしい点はある。

でも不自然なくらいキレイに整備されてる。

石の間の苔を取ったりしてたし。

使い続けるならメンテナンスは重要だけど、

ここは遺跡として残っているのだから、

ある程度朽ち果てた感じの方がいいかなぁなんて思ったりもした。

でも整備しないと雑草だらけになってしまうから難しいところだけど。



インカ橋を見に行ったり、遺跡をじっくり見ていたら時間がなくなってきた。

急いでマチュピチュ山へ登ることにする。

残り時間は1時間半。登頂は無理だな…

でも行けるところまで行こう。

登頂が目的ではなく、高いところから眺められればいいんだから。



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お〜、いい感じじゃない。



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まだ時間はあるな、もう少し行ける。



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ここではほとんど人に出会わない。

やっと降りてきた人に、もう時間そんなにないよって言われる…

そ〜だよね。。。

でももう半分まで来ているらしい。

まだ時間は30分しか経っていない。

おっ、こりゃもしかしたら行けるか?

とりあえずもう少し登ってみよう。



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そろそろ引き返そうと思いつつ、あと少し、あと少しって感じで大分登ってきてしまった。

閉門時間を考えると、もう引き返さないと間に合わない。

でも。。。

頂上見えちゃった。

行っちゃえ〜ってことで、はい、登頂。

結局一時間で登ることができた。

でも閉門まであと30分…

数分しか居られないな…



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でも、でも、ワイナピチュの2500mとは違い、マチュピチュ山は3000m。

見える世界が違う。

まわりの山々と同じような高さにきている。

すごい気持ちいい。



そしてマチュピチュは。。。



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きた〜

すごい。圧巻。

この眺め最高。

頑張ってきた甲斐あるわ。



この写真では分かりづらいかな。もう少しアップしてみると、

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西日を浴び、輝くワイナピチュとマチュピチュ遺跡。

ここからだと、ワイナピチュとマチュピチュ山の尾根に遺跡があり、

山々に囲まれた空中都市というのを本当に実感できる。



個人的にはワイナピチュからの眺めより、断然マチュピチュ山からの眺めをオススメ。

なんせ後ろにワイナピチュあるしね(笑

やはりセットでマチュピチュだな〜



そして、その土地の地形を活かすことは大事だなと思った。

そうすることによって、唯一の、そこだけの特別なものになり得るということ。

まわりの地形を活かして、まわりの環境と一体となることによって、

そこの建築は魅力を増すこともある。

何でもかんでも造成して土地を均してから建物を建てるというのではなく、

その土地の持ち味を活かすことも大事。



こっちは人も少ないし、ゆっくりと眺めることができるので、是非。

時間は一時間かかったけど、体力的にはワイナピチュに登ったのと同じくらいかな。

こっちの方が傾斜がゆるいので、時間は長くても筋肉にかかる負担は同じくらい。



さて、この眺めを数分だけで満足することはできず、結局20分ほど滞在。

はい、閉門まであと10分ほど。

夕日とまではいかないけど、西日を浴び黄金色に輝いたマチュピチュを堪能し、急いで戻る。

何とか30分で遺跡に到着。

もう閉門時間をとっくに過ぎているので、遺跡内には誰もいない。

お〜、貸切じゃん。

もう一度展望ポイントまで行き(有名な眺めのところ)、

誰もいないマチュピチュを独り占め。






あっ、あくまでここで言っていた良し悪しは「眺め(見た目)」についてだけ。

それと書いていて思ったのは、

個人的に一番気に入っていたのはマチュピチュ遺跡じゃなくて、

もしかしてワイナピチュ???(笑

確かに山のかたちもカッコイイしなぁ。



翌朝、空を見たら、いい感じに霧がかかっていた。

後日、その日に行っていた人に写真見せてもらったら、結構いい感じ。

くそ〜、1日ずれてれば霧のマチュピチュだったのに。

霧に縁がない…

3度目の訪問は。。。ないだろう、な…
2009.07.30 Thu l 24:南米:ペルー l COM(4) TB(0) l top ▲

ペルー:インカの聖なる谷巡り(Valle Sagrado de Los Incas)(2009年5月)
     チンチェーロ(Chinchero)
     ウルキージョス(Urquillos)
     マラス(Maras)
     モライ(Moray)
     ウルバンバ(Urubamba)
     ピサック(Pisaq)
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アレキパからインカ帝国の首都クスコへ向かった。

クスコも数年前に一度訪れていたので、まずは前回行けなかった

「インカの聖なる谷」の遺跡や村々を訪れることにした。



まずはチンチェーロ。

クスコから32km、バスで一時間ほど。

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教会前の広場では、みんな昼食をとっていた。



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毎週日曜日には広場に小規模な市が立つ。

土産物から日用品、食料などいろいろなものが所狭しと並ぶ。

それらを売るのは民族衣装を身にまとったインディヘナのおばちゃんたち。



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帽子が印象的。



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子供も働く。

観光客目当ての土産物も多いけど、地元民向けの品も揃っていて、

見ていて楽しかった。それほど観光客も多くないので、オススメ。



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「スペイン軍」対「インカ帝国軍」のチェスが欲しくなって、子供と値段交渉。

チェスは出来ないんだけど…



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土産物のセーターやマフラーなどはみんな手作り。

これが地方によって質やデザインも異なるらしい。

このチンチェーロのものは質はいいみたい。



チンチェーロからウルキージョスへ風の谷を通って行くことにする。

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遺跡の横の道を降り、谷に向かう。



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緑に覆われた深い谷がウルキージョスの村まで続いている。



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しばらくすると視界が開けている場所に出た。

下の方には緑色の小鳥たちが群れをなして飛んでいる。

その泣き声が谷にこだまする。

谷の先には雄大な山々がそびえ、

静寂の中にかすかな水の流れる音と小鳥の鳴き声が響く。

素晴らしい景色を見ながら、心地よい音に浸る贅沢さ。

この風の谷は素敵な贈り物を与えてくれた。



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途中で出会った少年。

下のウルキージョスの村から上がってきた。

これからチンチェーロまで上っていくらしい。

どうやら下で魚を釣っていたようだ。

うちらは下りだからそれほど大変ではないけど、

上りとなると結構しんどい。

でも彼にとってはこの行き来が日課と課しているのだろう。

民族衣装ではないけど、基調色の赤を身にまとっていたのは偶然???



村に近づくと畑が増えてきた。

大人たちは農作業に精を出し、子供たちはその周りで時に手伝い、時に遊んでいる。

有刺鉄線が針金ではなく、天然のサボテンを利用し、

そのサボテンからはトゥナの身がなっていたりして面白い。

トゥナとはフルーツ?のかな、こっちではよく食べられている。



観光客が珍しいのか、畑で働いていた人たちもこちらに興味を示す。

確かにここはあまり観光客はこないだろうなぁ。

しばしの会話の後、トウモロコシを手にしたまま両手を振って見送ってくれた。

そしてウルバンバ行きのバスを捕まえた。




翌日はマラスへ向かった。

バスと乗り合いタクシーを乗り継いでマラスの村へ。

まずはそのままタクシーに乗りモライへ。

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モライはインカ時代の農業試験場で、

ケチュア語で「丸くへこんだところ」という意味のようだ。



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円の直径は50mにも達し、深さは30mにもなる。

50m? もっと大きい気がするけど。

そして上と下の温度差は5〜10度もあるという。

インカの人たちはこの温度差を利用していろいろな作物を育てたようだ。

それにしても深さ30mほどでそんなに温度差が生まれるものなのか?

何か別の工夫もこの円形の段々畑には織り込まれているのだろうか。



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訪れたとき、ちょうど円の中で儀式めいたことをやっていた。

他のところでは円の中心でパワーをもらおうといているのか、瞑想している人もいた。

う〜ん、こういうのって実際はどうなんだろう。

本当に何かしらのパワーの類ががあるのだろうか?



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マラスの村までは歩いて戻ることにする。

稲穂が風になびき、その稲穂の海の先には4000〜5000m級の山々がそびえる。

なんとも贅沢な散歩道。



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時が止まったようなマラスの村

集落の大きさの割には出歩いている人が少ない。

昼過ぎだったからか、まだみんな田畑に出ているのかもしれない。






広場の屋台で魚のフライ定食を食べ、

当初は歩いていこうとしたけど、時間が押していたので、

モトタクに乗ってマラスの塩田に向かう。

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谷の一部が塩田と化している。

想像していたよりも大規模だった。



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ここは場所を有効利用するために段々にしたというより、

水を送るシステムの都合上、谷の方が都合が良かったのかもしれない。



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上から下まで水路が続いていて、温泉(確か)を流している。

田に水をため、あとは乾燥するのを待って、残った塩を取る。

いまこの塩を持ち歩いて自炊に使ってるけど、なかなかの味。



モライにしてもマラスにしても、

自然の力を上手く利用すれば、

いろいろな恵みを自然から受け取れるということを示していた。

人間の知恵は凄い。

これまでの人たちから受け継がれてきた知恵をもっと上手く活かしていくべきだろう。

現代は必要以上に人工の力に依存している気がする。






そして最後はピサック。

火・木・日曜に市が立つというので合わせて行ってみた。

この市は、周辺のインディヘナたちが食料品や日用品をもって集まり、

一人一人の持ち場は畳み半畳ほどで、広場にはびっしりと露店が並び、

山村に住む人々の物々交換の場所だった。

というのはかつての話で、今では観光客目当ての土産物屋がほとんどで、

特にピサックの市ならではというような特色はなかった。



しかし遺跡は凄かった。

特に期待もせずに行ったのが功を奏したのかもしれないけど。



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斜面を上手く利用した建築群。

自然な朽ち方がある意味美しかった。



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圧巻な段々畑。



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この規模は凄い。

生活の、生きていくための工夫に過ぎないのだろうが、

美的な要素も入り込んでいる気がする。

それとも地形を活かすということは、

こんなにも美しくなれるということを示唆しているのかもしれない。



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インカの遺跡ではよく見られる水路。

これもただ水を運ぶという機能だけではなく、

見た目的にも美しくなるように水路が配置された気がしないでもない。

(この写真の角度だとそんな気はあまりしないけど…。

 メインカメラの写真が消えたんだよねぇ…)



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そして太陽の神殿を含めたメインの施設群。

この配置の仕方というか地形との一体感という点ではマチュピチュ以上。

(この遺跡の前にマチュピチュに行っていた)

いやそれだけではない。頂上付近にある見張り台の廃墟っぷり(?)や

他にも点在する遺跡を含めて、同等かそれ以上に興味深かった。



という予想外の出来事のおかげで、

日が暮れようとしているのに遺跡を全てまわりきれていない。

さすがに暗くなると帰り道が分からなくなるので、残念だが先を急ぐ。

でも想像以上に遺跡は大きく、行けども遺跡は続く…

オ〜イ。



やっとのことで遺跡の外れに来て、ピサックの町の明かりが見えたときにはホットした。

まあ降りている途中に完全に日は落ちて月明かりで進むことになったんだけど…

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とまあ、そんなこんなで聖なる谷には魅力的な場所が多く、満足の行く訪問となった。

2009.07.28 Tue l 24:南米:ペルー l COM(2) TB(0) l top ▲