上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top ▲
アメリカ:ラスベガス(2009年8月)
United States of America : Las Vegas(08/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



あたり一面砂漠の何もない土地だった。

1829年、スペインの探検家がその砂漠の中にオアシスを発見し、

スペイン語で「草原」を意味する「ラス・ベガス」という名前をつけた。



19世紀後半、ロサンゼルスを中心に「ゴールドラッシュ」が起こり、

多くの労働者たちが続々と西海岸にやってた。

その道中、宿泊したのがラスベガスであり、彼らは酒を飲みながら、

わずかな持ち金を賭けてカードゲームを楽しんでいたようだ。

ギャンブルの町ラスベガスの誕生である。



しかし砂漠の真ん中のオアシスに過ぎなかったラスベガスには、

多くの人々を受け入れるだけの水と電力がなかった。

そこで1931年の大恐慌の失業者対策の1つとして、

ニューディール政策によるフーバーダムの建設が始った。

多くの労働者が集まり、財源の確保を理由にギャンブルが解禁となり、

ラスベガスの町も賑わうようになり、一大カジノタウンへ発展していく。

町に続々とカジノが出現し、空前の賑わいを見せたラスベガスに

ニューヨークやシカゴなどのマフィアも目をつけた。



そんな中ひとりの男が、ハリウッドの社交界をそのままラスベガスへと考え

カジノだけではない、様々なエンターテインメント要素を盛り込んだ

一大レジャー施設の建設を計画した。

ショーあり、アトラクションあり、ショッピングありの、

現在のラスベガスホテルの原型ともいうべき、「フラミンゴホテル」である。

以来、総合エンターテイメント施設のホテルが次々と建設され、

現在に至っている。



ラスベガスの歴史はざっとこのような感じである。



united states

そのホテル群は主にラスベガスブールバードという南北に走る大通り沿いに建っている。

ラスベガスは北のダウンタウンから町が始まり、

ホテルが増えるに従って、南部分のストリップという地域に中心が移っていった。

ストリップの中でも中心は絶えず移動し、

ホテルの栄枯盛衰とともに南へ南へと移動していたが、

現在の中心はやや北に戻ってきている。

スクラップ&ビルドを繰り返し、何とも新陳代謝が激しい地域だ。

united states






united states

ルクソールホテル。スフィンクスにピラミッド



united states

オベリスクがそびえたつ。内部は無柱空間



united states

エレベーターシャフトが斜めに走り、壁面に客室が並ぶ。



united states

やることがすごい…。この光はスペースシャトルからでも見えるようだ。



united states

ヴェネツィアンホテル。

リアルト橋とドゥカーレ宮殿、サンマルコ鐘楼というヴェネツィアを代表する建築物。



united states

建物の内部に街並みをつくる。



united states

サンマルコ広場かな。



united states

ご丁寧にゴンドラまで用意されている。



united states

シーザースパレスホテル。古代ローマ帝国をテーマにして、コロッセオ。



united states

トレビの泉。



united states

ニューヨークニューヨークホテル。有名な建造物を凝縮。



エジプトやローマ、ヴェネツィア、パリ、ニューヨークといった

世界の名だたる都市の建造物をテーマにしているその姿は、

金を稼ぎまくり、その金で世界中の文明・文化の成果を買い集め、

つなぎ合わせて自分たちの文化として再構築して見せるという

アメリカのホテルやリゾート施設で見るパターンとも見て取れなくもないが、

南太平洋をイメージしたホテルや、中世ヨーロッパの城郭や海賊船といったものを見ると、

単にテーマパークのようなものとして見た方がよさそうだ。

united states

南太平洋をイメージしたマンダレイベイ。

ガラスの反射光で庭のプールにいた人が火傷したってニュースがあったような。。。






united states

そしてラスベガスの新たな顔になってしまったような感がある

パリスラスベガスのエッフェル塔。

半分の高さだが迫力は十分。横にはオペラガルニエが。



試しに「ラスベガス」や「las vegas」で画像検索をしてみると、

トップページにはエッフェル塔の画像の多さが目に付く。

パリのエッフェル塔がアメリカのラスベガスのイメージとなっている。

1970年代頃まで、ラスベガスを代表する写真といえば、

リビエラホテルやスターダストホテルのネオンサインであった。

それ以降、テーマ型の大型ホテルの建設ラッシュとともに、

ガイドブックの表紙などを飾る写真も MGMのライオンやピラミッドが中心となった。



ピラミッドがそうであったように、世界中の多くの人が知っているエッフェル塔は、

視覚的なアイデンティティーが抜群なため、

世界中の人々の目をラスベガスに向けさせるという目的において、

非常に大きな役割を果たした。



この現象を見てると、建築のメディア力ってすごいな~って思う。

というか町を構成しているものはほとんど建造物なのだから、

ある建造物が町のイメージになるというのは特別なことではないけど、

人の行動を左右する原動力にもなるんだから、

建築についてもっと多くの人が関心をもってもいいような気がする…



しかし、他の場所で生まれた文明・文化をテーマとして

寄せ集めた巨大なエンターテイメントの町、

それがラスベガスという町の印象なのだから、

個性のない個性とでも言えばいいのかな…

もちろん「ラスベガス=ギャンブル」という個性はあるが、

少なくても現在のハード面としての表層のイメージでは。

ここまで徹底的にやられると、ひとつの個性、オンリーワンになってしまうような気もする。

これからどこか他の場所でこのようなテーマで町をつくっても、

それは「どこどこのラスベガス」と呼ばれるだろう。

東洋のベニスとか北欧のベニスとか言われるように。



そして知名度抜群のエッフェル塔が完成したことにより、

ラスベガスがギャンブルとは無縁の一般の観光地となりつつあるということでもある。

これについてはまた改めて。


関連記事
スポンサーサイト
2011.04.03 Sun l 33:北米:アメリカ l COM(2) TB(0) l top ▲

コメント

Oh my 。。
だいすけ君
お久しぶりです(って私が久しぶりに来訪したんだっけ)
お元気ですか?
日本は地震津波原発の三重苦の上又大きな余震で
けがをする人がでたり桜見物どころではない春ですね
私も4月に帰国の予定をキャンセルしました。

実は昨年の6月に私的記念日があってラスベガスに
行きました泊まりはヴェネシャンでここに載ってる
ゴンドラにもしっかり乗ってミーハーしてきたのです。
6月とは思えない暑い暑い日で徒歩では2ブロック歩くのが
せいぜいで歩いてはカジノ歩いてはカジノで、ヴェガスは
一度でいいな思ったのです。

行きの便が低空飛行でずっと窓から下界を見ろして
『あ~Google Mapsと同じだ』と変な感激をしたW
砂漠の中にポツンと建ってる家があってどんな暮らし
なのかと思ったりしました。
2011.04.09 Sat l yoko. URL l 編集
No title
どもども、お久しぶりです。
こちらも何とかやってます。。。
何気に砂漠地帯ですし、街区が大きいから結構大変ですよね。
低空飛行っていいですよね~
やっぱ上から見ると全然違いますし。
でもグーグルマップと同じって…
2011.04.10 Sun l 管理人. URL l 編集

コメントの投稿












       

トラックバック

トラックバックURL
→http://adaisuke.blog100.fc2.com/tb.php/227-4f558a99
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。