ボリビア:ラパス(2009年4月)
地図と現在地はこちら

ここラパスからペルーの途中までの写真データがメモリカードの故障のため死亡…
よって、しばらくは片方のカメラの写真しかないです。
あ〜町中のスナップ写真がなくなったのはひじょ〜に辛い。

標高3650mに位置するラパス。
山間のすり鉢状のところにまるでへばりつくように広がる町。
谷底にはビル群が目立ち、コロニアルな建築も見られる。
上にいくに従ってアドベ(日干しレンガ)の家々が目立ち始め、
それとともに貧しい人が増えていくようである。
その範囲は日に日に広がっており、
すり鉢状の上はかつては何もなかった空き地だったが、
今ではエル・アルトと呼ばれる町が生まれている。



急斜面にびっしりと家が並ぶ。

掘っ立て小屋のようなものから一応日干し煉瓦造りの家など様々。
農村から都市へ人口が流入し、農村は過疎化し、都市は肥大化する。
現代では何も珍しいことではない。
このような都市の拡張は計画的に行われたのではないから、
整然とした町は広がっていないだろうと思っていた。
そう、人口の流入により、混沌としたカオス的な状態があると思っていた。
しかしそこにはその場所固有の秩序が働いているようだった。
住居もどことなく基本となるような形式があるようでいて、
しかも少しずつ異なっている。
どことなく一体性を保ちながら変化に富んでいる。
というのは言いすぎかもしれないけど、
建売住宅が並ぶ街並みよりはずっと豊かに見える。
ざっと町を見渡した感じ、
街並みに統一感があるという点ではアジア的というよりは欧州的である。
でもそれは欧州のような全体と部分が対応している、
統御された諸部分の総和として全体ではない。
ここでは町を統合しようという意思は感じなれない。
強い全体にわたる秩序は見られないが、
秩序がないわけではない。
ブラジルのスラムのファベーラも混乱状態に陥っているのではなく、
意外と秩序だっていた。
人間は本能的に・無意識的に、何事も秩序立ててしまうのかも知れない。
だからある物事に人間が関わっている限り、
混沌としたカオス的な状況を作り出すというのは難しいだろう。
アジアの都市ももう一度見てみたいな。

エル・アルト外れの日曜市にて。

同じくエル・アルト外れに並ぶ床屋。
このような長屋に床屋がずらりと並ぶ。
その近くにも床屋が集まる一角があった。
そうそう、なにも床屋に限らず、
同じ業種の店が集まってしまう傾向が頻繁に見られた。
まあ普通の店舗なら分かるのだが、
屋台や露店までも同じ業種の店が固まっているのはなぜなんだろう。
例えば屋台のジュース屋。
近くを通れば一斉に声がかかる。
どこで飲もうかと考えても、どの店も同じメニューに同じ値段。
違いがないので、選ぶ決定的な要因が見つからない。
で、どこも必死に客引きするので、
その状況でひとつの店を選ぶのは個人的に非常に辛い。

メルカド近くに魚を扱う食堂が並んでいるが、
ここでも状況が同じ。
まったく。。。困ってしまう…
目に見える秩序、そして目に見えない秩序もきっと働いているに違いない。

そう、ラパスには食を扱う屋台が多い。
いろいろなものを食べ歩きするのも町の楽しみのひとつ。

ボリビア版エンパナーダのサルティーニャ。
ジューシーな肉やポテトが詰まっており、汁をこぼさずに食べるのが結構難しい。

コロッケのような。。。名前なんだっけ…。

トッピングの野菜やサルサ(ソース)もいろいろ。
気軽に食べることができる軽食が町中のいたるところで売っているのが嬉しかった。
こういうのも町に対する装飾で、町を飾り楽しい場所に変えてくれる。
これらを食べるために滞在を延長したほど。
他にも様々な軽食が町中で売られており、ラパスは散策するにとても楽しい町だった。

谷から見上げたラパスの夜景。


そして見下ろした夜景。
地図と現在地はこちら

ここラパスからペルーの途中までの写真データがメモリカードの故障のため死亡…
よって、しばらくは片方のカメラの写真しかないです。
あ〜町中のスナップ写真がなくなったのはひじょ〜に辛い。

標高3650mに位置するラパス。
山間のすり鉢状のところにまるでへばりつくように広がる町。
谷底にはビル群が目立ち、コロニアルな建築も見られる。
上にいくに従ってアドベ(日干しレンガ)の家々が目立ち始め、
それとともに貧しい人が増えていくようである。
その範囲は日に日に広がっており、
すり鉢状の上はかつては何もなかった空き地だったが、
今ではエル・アルトと呼ばれる町が生まれている。



急斜面にびっしりと家が並ぶ。

掘っ立て小屋のようなものから一応日干し煉瓦造りの家など様々。
農村から都市へ人口が流入し、農村は過疎化し、都市は肥大化する。
現代では何も珍しいことではない。
このような都市の拡張は計画的に行われたのではないから、
整然とした町は広がっていないだろうと思っていた。
そう、人口の流入により、混沌としたカオス的な状態があると思っていた。
しかしそこにはその場所固有の秩序が働いているようだった。
住居もどことなく基本となるような形式があるようでいて、
しかも少しずつ異なっている。
どことなく一体性を保ちながら変化に富んでいる。
というのは言いすぎかもしれないけど、
建売住宅が並ぶ街並みよりはずっと豊かに見える。
ざっと町を見渡した感じ、
街並みに統一感があるという点ではアジア的というよりは欧州的である。
でもそれは欧州のような全体と部分が対応している、
統御された諸部分の総和として全体ではない。
ここでは町を統合しようという意思は感じなれない。
強い全体にわたる秩序は見られないが、
秩序がないわけではない。
ブラジルのスラムのファベーラも混乱状態に陥っているのではなく、
意外と秩序だっていた。
人間は本能的に・無意識的に、何事も秩序立ててしまうのかも知れない。
だからある物事に人間が関わっている限り、
混沌としたカオス的な状況を作り出すというのは難しいだろう。
アジアの都市ももう一度見てみたいな。

エル・アルト外れの日曜市にて。

同じくエル・アルト外れに並ぶ床屋。
このような長屋に床屋がずらりと並ぶ。
その近くにも床屋が集まる一角があった。
そうそう、なにも床屋に限らず、
同じ業種の店が集まってしまう傾向が頻繁に見られた。
まあ普通の店舗なら分かるのだが、
屋台や露店までも同じ業種の店が固まっているのはなぜなんだろう。
例えば屋台のジュース屋。
近くを通れば一斉に声がかかる。
どこで飲もうかと考えても、どの店も同じメニューに同じ値段。
違いがないので、選ぶ決定的な要因が見つからない。
で、どこも必死に客引きするので、
その状況でひとつの店を選ぶのは個人的に非常に辛い。

メルカド近くに魚を扱う食堂が並んでいるが、
ここでも状況が同じ。
まったく。。。困ってしまう…
目に見える秩序、そして目に見えない秩序もきっと働いているに違いない。

そう、ラパスには食を扱う屋台が多い。
いろいろなものを食べ歩きするのも町の楽しみのひとつ。

ボリビア版エンパナーダのサルティーニャ。
ジューシーな肉やポテトが詰まっており、汁をこぼさずに食べるのが結構難しい。

コロッケのような。。。名前なんだっけ…。

トッピングの野菜やサルサ(ソース)もいろいろ。
気軽に食べることができる軽食が町中のいたるところで売っているのが嬉しかった。
こういうのも町に対する装飾で、町を飾り楽しい場所に変えてくれる。
これらを食べるために滞在を延長したほど。
他にも様々な軽食が町中で売られており、ラパスは散策するにとても楽しい町だった。

谷から見上げたラパスの夜景。


そして見下ろした夜景。

