上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top ▲
ペルー:チクラヨ(2009年6月)
Peru : Chiclayo (06/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



ペルー北部の海岸沿いの砂漠地帯にあるオアシス都市チクラヨ。

この周辺にはモチェ、シカン、チムーといった文化が栄え、いまでも遺跡が残っている。

この北部海岸辺りでは、砂金を集め、固め、黄金の文化が続いた。

それらの博物館も充実しており、いくつか見て周った。



peru

これはとある埋葬の様子。

なぜか逆さにして埋葬されている。



peru



peru

そしてこのように一緒に金の装飾品が置かれる。



peru

部落の中でも上に立つ人たちの絵。

頭の上に金の大きな装飾、体には金の装飾が施された防具。



peru

とにかく金が多く使われ、服や冠にもデザインが施されている。



peru

大きな金のピアス。





このように「飾る」のは何も体だけではない。

peru

町の壁面に絵を描かせている様子。



peru

こんなキャラをたくさん。



peru

生活で使う土器も同様に装飾が施されている。



peru



peru

魚、カニ、人の顔、鳥、犬、アヒル?など、いろいろな土器がある。






人はなぜ装飾を施すのだろうか。

上の写真のように、大きなピアスや冠は、生活において絶対必要なものではないだろう。

権力の誇示、などの理由はあるにせよ。

動きづらいだろうし、戦闘用の防具だとしたらそこに金は使う必要はないだろうし。



土器にしても同様。

使う用途だけを考えれば、それに人の顔を描いたり、魚の顔をつけたりする必要性は感じない。



「装飾」とは、何かを加えることによりそのものの値打ちを引き立たせること。

だから必要ないといえば必要ない。



でも「装飾」という概念からは逃れられないのではないだろうか。

差別化を図るには、大抵は装飾で差をつけるのだろうし、

装飾をしない、ということは装飾を意識していることだし、

装飾をしないという装飾ともいえるし(人によってはそれが装飾に見える)、

「もの」というか「ものづくり」というか、それに関わると「装飾」というものと

関わらざるをえないだろう。



人には根源的に装飾をする動物なのだろう。

少しでもよりよく見せたいという願望が潜んでいるのだろう。

それは髪型にしても服装とかをとっても分かる。

まったく無頓着なひとも少しはいるかもしれないが、

程度の差こそあれ、それを意識しない人はいないだろう。



20世紀以前の支配者階層や裕福層は、服装においては装飾だらけの衣服を身に着けていた。

特にヨーロッパ。

アジアやアフリカでも、程度の差こそあれ同じだろう。

また小さな田舎の部族とかでも、それを意識していないことはないだろう。



必要最低限の要素、つまりそれに必要な機能だけを考える、機能主義。

でも機能的ということは装飾を廃することではないし、

装飾を廃すれば機能的ということでもないだろう。






何かこれを考えてると、メビウスの輪のような思考に陥っていく。。。



このことに関してはそのとき考えていたことをメモしていたのだけれども、

紛失してしまったので、うまくまとめられなくなってしまった。

まぁ結論とかはでなかったんだけど。

なので、今回の記事は、これ自体がメモ書きのようなものになってしまったけど、

ここで考えて止まってしまうと、このブログも先に進まないし、

とりあえず載せてみました。

(現在地と掛け離れてしまったから、更新を急がないと)



これはもういちどじっくりと考えないとなぁ。

スポンサーサイト
2009.11.02 Mon l 24:南米:ペルー l COM(2) TB(0) l top ▲
ペルー:チャチャポヤス(2009年6月)
Peru : Cahchapoyas (06/2009)
(地図は右のルートマップを参照)

チャチャポヤス近郊のカラヒア遺跡を訪れる。



peru






チャチャポヤス。

このかわいらしい響きは、ケチュア語で「雲の上の人々が住む地」を意味する。

このあたりは雲霧林の地域である。

雲霧林とは、熱帯・亜熱帯地域の山地で霧・雲が多く

湿度の高い場所に発達する常緑樹林である。

世界でも珍しい生態系、最も生物多様性豊かな森である。



ペルーは西から東へ移動すると、海岸、高原、アンデス山脈、

そしてアマゾンと多様な気候が広がっている。

海岸部のチクラヨからアンデスを越えると、そこはアマゾンの気候。

だからチャチャポヤスは標高が2000mを越えているけれども、アマゾンの一部である。

高地だけど熱帯、気候的には屋久島のような感じである。

チャチャポヤスの町はその名のように雲霧林の上に位置している。



南米に到着してすぐにイースター島に行きモアイを見たのだが、

その頃、ペルー北部に偽モアイと呼ばれているものがあると聞いた。

チャチャポヤスに来た目的のひとつは、その偽モアイを見るため…



その偽モアイはカラヒア遺跡という。

カラヒアの語源は、カララハという鳥がこの周辺にたくさんいたからで、

カララハが転訛してカラヒア遺跡となった。



カラヒアに行く途中に「Pueblo De Los Muertos」というところに寄った。

「死者の村」みたいなところである。



peru

車を降りると壮大な風景が広がる。

チャチャポヤスの町から一旦谷まで降りて、また上って来た。

Pueblo De Los Muertosに向かって歩き始めるとすぐに、目に入ってきたものがあった。



ゴクタの滝。

ベネズエラのエンジェルフォール(979m)

南アフリカのチュンゲラフォール(948m)

に次ぐ771mの世界第三位の滝である。



peru



もう少しアップにすると、

peru

って、2段じゃん。。。

何かズルイ気がしなくもないが、確かに凄い。

でもこの時期は雨季も終わりの頃で水量が少ない。

行こうと思えば滝の真下まで行けるのだが、かなり歩くらしいので、パス…

遠くからでも見ることができたので、とりあえずよしとする。



peru

このあたりの山々はテーブルマウンテンのようでもあり、

べネスエラのギアナ高地に緑を多くしたような感じである。

垂直に切り立ったような迫力は若干劣るものの、この辺りの景色は圧巻である。



peru

Pueblo De Los Muertosはこの崖にへばりつくようにある村のようである。



peru

見上げればこんな感じで、このようなところにどのように村があるのか想像がつかない。



peru

まず目に入ったのは、崖の先の方にある土のつくりものである。

崖の裂け目に顔が付いた像のようなものがいくつも並んでいる。



peru

そしてついに到着。

崖にへばりつくように家の残骸のようなものが並んでいる。



peru

壁は崩れているが、一部部屋のようなところも残っている。



peru

部屋の中からは周りの山々が見渡せる。



peru

道はすぐ横は崖。一歩間違えれば即死だろう。



なぜこのようなところに村をつくったのだろうか。

部屋のようなものがあるから、単なる墓ではなさそうだ。






そして次はカラヒアへ。

畑の横を通り過ぎ、坂をしばらく下ると、目の前に深い谷が現れた。

その手前の岩壁の中ほどに、お目当ての偽モアイが6体並んでいた。

peru

2体の頭上には、シャレコウベが乗っている。

腹の部分には埋葬品と一緒に死者が入れられていたそうだ。

老若男女問わず、死んだらこうして祀られたという。



peru

偽モアイというか、モアイとは特に似てもいないような感じである。

顎を尖らせたこの像は様々な顔をしており、なかなかかわいいものである。

イースター島のモアイは部族闘争の末にほとんどが倒されてしまったが、

これらは墓なので、埋葬品の盗掘が後を絶たなかったようである。



peru

反対側から見るとこんな感じ。

Pueblo De Los Muertos同様、なぜこのように高い位置に墓がつくられたのだろうか。

これだと地に帰るというよりは、空を目指しているようでもある。

顔も何となく上を向いているようにも見える。

天へ。

魂は天へ昇る。

これはそのための天と地とを結ぶ役目をしているのかもしれない。



peru

ちょうど真ん中あたりに6体が並んでいるのが分かるだろうか。

カラヒアはモアイの偽者でもなく、ここならではの文化の証であった。

2009.11.03 Tue l 24:南米:ペルー l COM(4) TB(0) l top ▲
ペルー:チャチャポヤス(2009年6月)
Peru : Cahchapoyas (06/2009)
(地図は右のルートマップを参照)

チャチャポヤス近郊のクエラップ遺跡を訪れる。




peru

町からいったん谷に下りて、再度山を上ってクエラップ遺跡へと向かう。



peru

山道をひたすら上って行く。



peru

そして山の頂上にあるのが、クエラップ遺跡。

「頂き」を意味するこの遺跡はおよそ2000年前に栄えた王国のもので、

標高3000mの山の上に位置している。



peru

遠くから見るともはや地形の一部と化しているようである。



peru

高さ20mにも及ぶ石の城壁に囲まれた城塞都市。



peru

使用された石の量はエジプトのクフ王のピラミッドの5倍とも10倍とも言われている。

peru

厚く強固なこの壁には人間や動物の遺体も埋葬されているらしい。



peru

遺跡からの眺め。

マチュピチュのように周りを山々に囲まれているのではなく、

それらを見渡すことができるように一番高いところに位置している。



peru

中に入るための入口は3つのみ。

道は奥に行くに従って細くなる。



peru

町の中に入る入口ではひとり通るのがやっとの大きさしかない。

戦いには適したつくりなのだろう。



peru

城壁の中には円形の住居跡が残り、崩れた石がそこらに落ちていて、

木が無造作にそこら中に生えている。



peru

ここの中にはインカの遺跡も少し残っているのだが、それらは矩形。

クエラップの円形の住居が場所によっては所狭しと並んでいる。

一軒だけ復元されている住居があった。

小さい入口と、これまた小さい窓があるだけで、

家の壁は石でガッチリと覆われている感じである。

積石造という構造上、このような閉鎖感は否めないのかもしれないけど、

城壁の中において、ここまで強固というか閉じる必要性はどこにあるのだろうか。






peru



peru

設備も当時のままの姿で残っている。



peru

クエラップでは家の下に先祖を埋葬し、その上で人が暮らしたというとも言われている。


peru

先祖の人たちと一緒に、

そして一連と続く家系を意識して日々過ごしていたのだろう。



都市部では先祖の墓もはなれた場所にあるし、

今では、日々、先祖のことを意識することは早々ないだろう。



一連の流れの先祖の先に我々は生きている。






peru



peru

遺跡は人間の行為が営まれた場所として歴史上特記すべき場所。

しかし今ではそこに営みはない、廃れてしまった場所。

使い続けるのなら修復なり修繕して大切にして使えばよいが、

実際に使っていないのなら、往年の姿を蘇らすのではなく、

ここのように時の流れに任せたまま、

そのときの面影を残したまま、自然に飲み込まれ、自然に返っていく姿が、

遺跡には似つかわしい気もする。



そういった意味では、

この遺跡はコロンビアのシウダーペルディーダ(ロストシティ)と共に

南米を代表する遺跡マチュピチュよりも好感がもてる。



そのままの姿から当時の様子を感じとりたい。

そんな想いが湧いてくる。

2009.11.11 Wed l 24:南米:ペルー l COM(3) TB(0) l top ▲
ペルー:チクラヨ(2009年6月)
Peru : Chiclayo (06/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



サンペドロ。

3000年以上も前から使われてきたと言われている。

シャーマン(神霊・精霊などと接触・交渉し、治療・予言・悪魔払いなどを行う呪術師)

などが病気や中毒の治療に使うほか、様々な種類の呪術に使われてきた。

サンペドロを飲むと自分の中の感情が鎮静化して、

ポジティブなエネルギーが出てくるとも言われている。



アヤワスカ。

ケチュア語(インカ帝国の公用語)で魂のつる、または死者のロープの意味する。

アヤワスカは苦く、飲むと吐き気をともなう。

吐いて体内を浄化するために、これまたシャーマンなどが使用する。






アジアを旅している頃、旅人同士の会話の中で、

南米でシャーマンの虜になった人の話を聞いた。

シャーマン?

ふ~ん、いまだにそんなのがいるんだぁ、

という程度にしか思っていなかった。



しかし南米に入ると、アマゾンでアヤワスカを飲んだ、シャーマンに会ってきた、

という話をしばしば耳にするようになった。

凄く興味があったわけではないけど、気になっているのは確かだった。



旅行者がよく会いに行く場所はペルーのプカルパからもう少し奥に行ったところ。

しかし交通の便があまりよくなく、同じルートを往復するというのも、

あまり気が乗らない。

そんな中、誰からペルーのチャチャポヤスでも可能だという話を聞き、

それならルート上だし、もしやるならそこで、と決めていた。



そしてチャチャポヤスでシャーマンの在り処を尋ねると、

ここにはいなく、もう少し山を下ったアマゾンの川沿いに行かなければならないとのこと。

もしくはチクラヨから山の中に入っていった川沿い。

う~ん、どうしよう。。。



9月にアラスカに行くことを漠然と心に描いていたので、

あまり寄り道をしている時間はない。

若干面倒な気分もあり、シャーマンに会いに行くのは止めにした。

このときの気分が旅モード全開だったら行ったのだろうけど、

このときは珍しくそこまでの気分ではなかった。



でもアヤワスカは気になるので出来れば飲んでみたい。

以前の訪問でチクラヨのメルカド(市場)でそれらを売っているのは知っていたので、

エクアドルに入るルートを若干変更して、

いったんチクラヨに戻ることにした。



メルカドへ直行。

peru

メルカドの一角に、このような謎の品々を売るところがある。



peru

何に使うんだ・・・



peru

確か精力剤。


peru

魔術で使うのか???



peru

お金が貯まるようになる香水とか、愛の香水とか。



peru

何だか恐ろしげな香水も。。。



peru

そしてこれがお目当てのアヤワスカ。



peru

原料はこんなやつ。



peru

これはたまたまエクアドルのクエンカの路上で売っていたアヤワスカ。

これを煮出していき、上のような液体をつくる。



peru

そしてサンペドロも。



peru

チャチャポヤスで見たサンペドロ。

これが取れるんだから、チャチャポヤスにもシャーマンがいればいいのに…



チクラヨにもシャーマンはいるのだが、儀式の値段が高かったこと、

そしてここのシャーマンが信用できる人なのか情報がなさすぎたので、

とりあえずサンペドロとアヤワスカを購入するだけにした。



買ったはいいけど、実際シャーマンなしで飲むにはちょっと怖い…

う~ん、とりあえず前に進もうということで、エクアドルに向かう。



でもこれって一種の麻薬の類。。。だよなぁ。。。

天然の麻薬とかも言われてるし。



ちょっとドキドキしながら深夜の国境を抜ける。



なかなか踏ん切りがつかないまま、クエンカの町に到着。

ここでチリのサンティアゴで会ったJ氏と再会。

なんとJ氏はほんの少し前にペルーでシャーマンに会い、

アヤワスカを飲んできたとのこと。

経験者がいるのは心強い。

J氏に持っていることを伝えると、特にサンペドロに興味深々。



昼から食事制限を行い、夜9時、川の流れる音が聞こえる宿の一室で

シャーマンなしでの儀式(とは呼べないけど…)を行った。



まずはサンペドロから。

peru

店のおっちゃんは水で溶かせって言ってたのでその通りにしたけど、

溶けねぇ…

仕方なしに、そのまま一気に喉を通らせた。



ベッドに横になり、効果が現れるのを待つ。







… …



… … …



しばらく待つも、これといった変化が現れないので、

追加でアヤワスカを飲むことにした。

店のおっちゃんも一緒に飲むと効果は倍増するぞみたいなこと言ってたし、

まあ大丈夫だろう。



確かに苦い、不味い。

まあでも想像していた以上にはひどくない味だった。



またしてもベッドで横になって変化を待つ。

バックグラウンドミュージックに、イランのメディテーションの音楽をかける。

それが相応しいのかどうかは謎だが、

持っていた音楽の中ではそれが一番妥当なように思えた。



しばらくすると単にウトウトしてきたのか、それとも効果が出始めたのか、

意識が若干ボーッとし始めた。



脳裏に何やら像が現れてきそうだが、ぼんやりしてよく分からない。

アヤワスカを飲んだ人に聞くと、いろいろなビジョンが見るとの話だった。



相変わらずぼんやりとした状態が続く。

何か見えそうで見えない。

そんなこんなしているうちに、次第に意識が戻り始めた。



う~ん。

何も変化がなかったのなら、

まあこんなもんか、といって片付けられたかもしれないけど、

別の世界に足を一歩踏み入れたような状態で終わってしまったので、

その後がとても気になってきた。



J氏によると、効果は弱いとのこと。

アヤワスカの鮮度の問題もあるだろうし、

アマゾンの自然の中ではなく町中という環境もあるだろうし、

シャーマンの有無も関係しているだろう。



あ~気になる。

どんな世界なのか見てみたい。



しかしシャーマンに会いにペルーに戻るというのも難しい。

そこで頭に浮かんだのは、コロンビアでシャーマンに会ったという人の話。

その話を聞いたときは、まさかコロンビアで会いに行くなんて思ってもみなかったから、

詳しい場所とか、そのシャーマンの名前とかは聞かなかった。

ひとつ覚えているのは、コロンビアのサン・アグスティンという地名だけ。

ここは以前のコロンビア訪問のときは行っていないし、

ルート的にもそれほど遠回りになることはない。



とりあえずネットで検索。

そうしたら地元の人にコンタクトをとることができた。

サン・アグスティンにもどうやらシャーマンが来ることがあるとのこと。

こちらもペルー同様、確かなのはアマゾン地域に行くことだった。



こんなことになるのだったら、

最初からペルーでちゃんとシャーマンに会いに行ってれば良かった…



まあ仕方ない。

とりあえずサン・アグスティンに行ってみよう。

(そのときの話は後ほど)

2009.11.12 Thu l 24:南米:ペルー l COM(6) TB(0) l top ▲
ペルー:全土(2009年4~6月)
Peru (04~06/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



ペルーは南米の中でも食の種類が多彩で、味の方もなかなかである。

食が充実しているのというのは、その国の文化の充実度も表しているだろう。

ペルーは海も持ち、アンデス山脈もあり、熱帯の地方もある、

というように地形もバラエティに富んでいる。

そのため食材も様々なものが手に入る。



クスコ周辺の高地は、ジャガイモやそら豆、小麦の産地であり、

やや標高の低い温暖な気候の地域ではとうもろこし、ハーブ、野菜類、

さらに下の熱帯地方では、ユカイモ、アボガド、フルーツなどが栽培されている。

そして海岸に行けば新鮮な魚介類が手に入る。



ちなみにジャガイモはクスコ周辺が原産地。

今では3000種類とも言われるジャガイモが生産されている。

唐辛子の原産地でもあるらしい。

でも韓国やタイのように激辛料理というのは少なく、

味のアクセントや香り付け、色付けなどに使われることが多い。





peru



peru

「sopa de fideo」

ペルーの食堂には定食のようなものがある。

最初にスープ、そしてメイン、所によりデザート付き。

これはその中でも定番のようなパスタ入りのスープ。

ペルー全土で食べることができる。



peru



peru

名前忘れた…

定食のメイン料理の中でも定番の肉とフライドポテトの炒め物。

ジャガイモ原産国ペルーならではの一品。



peru



peru



peru

「Aji de Gallina」

ガジーナという種類の鶏肉をボイルして細かくほぐし、

ニンニク、玉ねぎと炒め、牛乳、チーズ、黄色い唐辛子ペーストと一緒に煮込む。

辛くないカレーみたいなもの。

これはお気に入りで、メニューにこれがあると大抵はこれを選んでいた。





peru

そら豆の生産地であるクスコの料理。



peru



peru

魚フライの定食。

魚も山奥だろうと食べることができる。

大抵フライドポテトが添えて出てくる。



peru

キューバ定食という名前だったので頼んでみたけど、

ご飯に目玉焼き、ジャガイモ、バナナ、

とあまりご飯のおかずにならないようなものだけだった…



peru

トウモロコシの実をすりつぶして蒸したようなもの。

安いので庶民に人気がある。



peru

「palta relleno」

アボガドのサラダ。アボガドはサンドイッチにも入れたりと、結構使われている。



peru

豆の料理も多い。



peru

ジャガイモとゆで卵にやや辛めのチーズソース?っぽいのをかけたもの。

地元の人は朝食に食べることが多い。



peru

「pollo asado」鶏の丸焼き。

肉の中でも鶏が安く、どこに行ってもありつける。



peru

「carne asado」焼肉(牛)と豆野菜の炒め物。

無難な選択をしたい場合はこれかな。。。



peru

クイ(モルモット)の丸焼き。

昔の人のタンパク源。味は鶏肉に近い、かなぁ。

エクアドルでも見かける。



peru

「カブリート」

北部の、特にチクラヨ周辺ではこのヤギ肉の煮込み料理がメイン。

たくさんの香辛料で煮込まれていて、臭みもなく、肉もとろけるよう。



peru



peru

チチャロン。豚のから揚げ。

ペルーの物価からすると若干高い気もするけど、うまい。



peru

ハツのアンティクーチョ(串焼き)

これは店で食べたものだけど、露店も多く、そこら中で食べられる。



peru

「アドボ」というちょっと辛めの豚汁みたいなもの。

クスコ名物?かな。



peru

ペルー流のハンバーガー。サツマイモ入り。



peru

これは「BEMBOS」というチェーン店のもの。



peru

うどんとユカイモのあげパンのようなもの。リマでは日本食が食べられる。



peru

そして沖縄そばもある。



peru

日本人が多いため、本格的な和食が食べられる。



peru

和菓子まで。



peru

もちろん中華料理もある。

豆腐と野菜の炒め物。



peru

ワンタンスープ



peru

チャーハンに肉野菜炒め。



peru

プリンやゼリー、ヨーグルトなど、デザート類も充実。



peru

ヨーグルト。


peru

フレッシュフルーツジュースもどこでも飲める。

店でも屋台でも。

店で頼むと大抵2杯分くらいの量が出てくる。

たまにはエンパナーダと一緒で軽食に。



peru

チュロス。どこでも売っているが、これはリマ旧市街ののチュロス専門店のもの。

他よりも大きく美味い。



peru

「トゥナ」というサボテンの一種の実。



peru

「ピタハヤ」という熱帯地方で取れるフルーツ。

これがめちゃうま。

ペルーではいろいろなフルーツを食べることができるのだが、

一番印象に残り美味しかったのがこれ。



peru

皮をむくと半透明のゼリー状のものに黒い種のようなものが入っている。

ジューシーですっきりとした甘さがある。



peru

そして忘れてはならないのは、ペルーを代表する料理「ceviche」だろう。

白身魚や海老、貝に、唐辛子、紫タマネギ、塩、胡椒、レモンをミックスしたもの。

ピリッとした唐辛子がアクセントになり、レモンの酸味もあり、いくらでも食べられる。



peru

ユカイモが添えられることが多い。



peru

地域によってセビッチェも様々。



peru

山の中のカハマルカでもセビッチェは食べられる。

ここではチチャロン(豚のから揚げ)とセットで出せることが多かった。



peru

定食の前菜として出されることもあった。



peru

セビッチェもいいレストランで食べると、味も一味違った。

値段は安いものの10倍くらいするけど、材料の質、味付けの洗練さ、など

どれをとっても格が違った。



peru

これも同様。

シーフードの旨味が米に染み付き、でもシーフード自体の味も弱まっていない。


peru

「arros con mariscos」

パエリヤのようなシーフードご飯。






他にもまだあるし、アレキパ地方の料理もある(写真が消えた…)。

本当にペルーは食事が充実してた。



旅の楽しみのひとつが「食」である。

レストランで食べるより、現地人が通うような食堂や

メルカド(市場)内の食べ歩きや露店のはしごなど、

現地ならではの食事の方が楽しい。

日本には世界各国の料理店があるので、

日本に居ても食べようと思えばどこの料理でも食べられるだろう。

でもこのようなローカル飯は現地に来なければ決して味わえない。

現地に来なければ味わえない、ある意味、贅沢なことかもしれない。

2009.11.21 Sat l 24:南米:ペルー l COM(5) TB(0) l top ▲
エクアドル:ビルカバンバ(2009年6月)
Ecuador : Vilcabamba (06/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



世界3大長寿の村のひとつと言われる、ビルカバンバ。

他はパキスタンのフンザと、コーカサス地方の村。

ここはほぼ赤道直下だが、標高が1500mほどあるので、

気候は温暖で、野菜や果物は豊富にとれる。



ecuador



ecuador



ecuador

山間の小さな村。



ecuador

雁木のようなファサードが印象的。



ecuador



ecuador



ecuador

人々の憩いの場であり、出会いの場でもある。

日本の雁木とは目的は異なっても、同じような意匠が見られる。






さて、長寿の村ということなので老人が多いのかと思いきや、それほどでもなかった。

歩いていてもそれほど老人の姿は見られない。

若者も意外と多い。



ビルカバンバの代名詞でもある「長寿」

その長寿の秘訣は、

低カロリーの食習慣、

バラエティに富んだ野菜や果物を多く食べる食習慣、

また比較的淡白な動物性脂肪(ヤギや羊、牛乳など)の摂取、

腸内環境を整える食文化(発酵乳やヨーグルト)、

そして豊富な運動量などが挙げられる。

健康で長生きできる環境が自然生活に依存している、

ということだろうか。



ビルカバンバの人たちの主食は、ユカ芋とトウモロコシ。

ユカ芋は毎朝畑から取ってきて蒸し、

トウモロコシは乾燥して保存しているものを水につけて食べる。

食物繊維が豊富でカリウムも豊富で、保存に塩分を使っていない。

また週に1度だけ数匹の豚を殺し、村の人みんなで分けて食べていたようである。

普段は肉をあまり食べない。肉は滅多にありつけないご馳走だった。



主なタンパク源は、牛乳に食塩を入れず、

牛の十二指腸のエキスを混ぜたナチュラルチーズ。

それを様々な料理に入れて食べていた。

これはコーカサスのグルジアのチーズと同じ種類のようである。



それに冷蔵庫がなく、それが却って良い効果をもたらし、

新鮮な野菜と果物を豊富に摂取していた。

その他豆類、粟や稗などの穀類も食べ、

サトウキビからは黒砂糖を摂っていた。



ビルカバンバはかつて秘境と呼ばれていたほど、そのほとんどが自然環境だった。

その頃には何をするにも歩かなくてはならなかった。

買い物に行くにも、友人の家を訪ねるにも、

そして農作業でも大いに体を動かしていた。

言い換えれば、何をするにも不便だったとも言える。

でもそのおかけでカロリーを多少多めに摂取するようなことがあっても、

それ以上に消費していた。



というのは1980年代までの話。

舗装道路が出来て、他の町との交通の便が良くなった。

さらにビルカバンバの長寿村の噂が広まり、

人が訪れるようになり観光地となった。

栄えることに比例して、生活も豊かになっていった。

そう、この村は最近大きく変化していったのである。



かつては健康であったビルカバンバの人たちの中にも、

最近では生活習慣病を持つ人たちが現れることになったという。



生活習慣病の原因はひと言で言うと、

かつての「秘境」に「都会」が入り込んだこと。



これは我々日本人の生活習慣病が増加した原因とも重なることだが、

食生活も欧米化されることになった。



観光客や欧米人の移住者を相手するために、

以前のように芋を蒸したり、トウモロコシをふやかしたりする暇はなくなり、

手早く食べられるパンが普及した。

しかもこのパンに豚の油のラードと塩を入れて焼くので、

美味しいけど、体にはあまり良くない。



村に電気が普及して、電気炊飯器を使うようになった。

ビルカバンバの米はぱさついているため、ラードと塩を入れて炊く。



以前は低脂肪の肉を食べるのみであったにも関わらず、

観光地化につれて肉の脂肪分を豊富に活用するようになり、

また、加工食品により多くの塩分を摂取する食生活に変化した。



つまりかつては低塩、低脂肪であった食事内容が、今では正反対になり、

伝統的な食文化は過去のものとなってしまった。



運動不足も生活習慣病を生むことになった一因である。

かつては高齢の人でも、

ちょっと知人の家に訪問するのに数時間を歩いたという。

それが交通機関の発達に伴い、歩く量は確実に減ってしまった。

食生活の欧米化とともに、交通機関の発達による運動不足が重なって肥満が増えた。



村人の生活は、

畑で作物を育て、牛を飼って、毎日体を動かして生活していた毎日から、

観光客相手のためレストランや店番で座って生活したり、

車での移動の生活に変わり、歩くことが少なくなった。

食生活がすっかり変わってしまったビルカバンバは、

高血圧、高コレステロール、肥満の人たちがここ20年ほどで一気に増えてしまい、

かつての長寿村はその名を薄くしてしまった。



長寿村といわれていたことの信憑性に疑わしいものがあったとしても、

(100歳を超えている人は実はいなかった、など)

他の地域と比べれば、この村は健康で長寿の村であったことは疑いない。

何が何でも長生きとはいわないまでも、

少しでも長く健康で生きられることにこしたことはない。



と、いまこのような文を書いているけれども、

この一週間の食事を振り返ると、

焼肉丼やから揚げ、トンカツ、しょうが焼き、海鮮トマト鍋、etc..

そんな自炊メニューを続けているので、

美味しいけど、健康にはあまりよろしくない日々…

あっ、昨日はサラダパスタだから、まあまあか。

う~ん、バランスが難しい。



料理をすることは楽しい。

メニューを考えることの楽しさ、

作ることの楽しさ、

食べることの楽しさ。

この旅で宿で一緒になった人たちとシェア飯をすることで、

それらを感じてきた。



今後はさらに健康にも気を配り、

メニューや食材にも考えをめぐらし、

食を楽しむようにしていきたい。



ビルカバンバでは生活環境の変化が食の変化をも引き起こした。

そう考えると、逆に、

最も生活に身近な「食」から変えていくことで、それが次第に

「生活」を変え、

「地域」を変え、

「社会」を変えていくことも可能ではないだろうか。

まったく逆の流れで、社会を改善していく。



都市デザインとは、生活の質を上げていくこと。

それには、健康であることももちろん入っている。

というか最低条件ではないだろうか。



空間デザイン以外にも必要なことはたくさんある。

2009.11.26 Thu l 23:南米:エクアドル l COM(4) TB(0) l top ▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。