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ペルー:オリャンタイタンボ(2009年5月)
Peru : Ollantaytambo (05/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



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聖なる谷の町のひとつオリャンタイタンボ。

ひっそりと落ち着いたウルバンバ川沿いの町、というか村といった方が適切かもしれない。



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インカ時代の見張り小屋が今も残り、まわりには田畑が広がる。



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珍しく日本のような銀瓦屋根が多く、家々はまわりの環境に溶け込んでいる。

オレンジ色だったのが風化しすぎてこの色になったのかもしれないけど…



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田畑に使う灌漑用水路なのか、また家庭でも使用する上水道なのかは不明だけど、

町中にはこの用水路が数多くあった。

これはインカ時代につくられたものをいまだに使用し続けている。

家からちょっと出て、この水を汲んでいく人の姿も見られる。



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このようなその土地ならではの生活の工夫が、その町の景観を固有のものにもする。



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また流れる水の音が心地よい。



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インカといえばカミソリの刃を通さないほどの精巧な石組みが有名だけど、

それらは主に公共建築、宗教建築において用いられている。

一般の建築にはアドベ(日干し煉瓦)や石片を泥のモルタルで固めたものが使用されている。



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このような些細な工夫が道行く人の移動に彩を与える。






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民族衣装はカラフルなものが多い。

町の色は落ち着いているのに、そこに居る人々の衣装は華やかだ。

町を構成する家々はその土地で取れる自然の材料、木や石、土を使うため、

町全体は寒色系の色になりやすい。

しかしそういう中に入るからこそ、カラフルな色を好むようになったのかもしれない。



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衣装の使う素材も自然素材を使って染めている。






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帽子の本来の機能は果たしてない気がするけど、

着飾るものとして、また荷物を運ぶために(?)活躍している。



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あっ、頭の上の花が増えてる。






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このような光景を目にすることが多い、静かな村。

刺激は少ないけど、ゆったりと過ごすにはいいところだ。

子供を育てるのにもこのような環境がいいかもしれない。



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学校では体育(かな?)の授業中だった。

個々人、好きなように音楽を感じて、好きなように踊っていた。

日本の体育の授業とは違うもんだ。



ここでの滞在は心休まるものだった。

このような所で生まれ育ったわけではないが、

妙に懐かしさを感じてしまうようなところだった。

もしかしたら我々の遺伝子にこのような風景が染み込んでいるのかもしれない。



特に取り留めのない内容だけど、このへんで…

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2009.08.02 Sun l 24:南米:ペルー l COM(0) TB(0) l top ▲
ペルー:クスコ(2009年5月)
Peru : Cuzco (05/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



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インカ帝国の首都クスコ。

「クスコ」とはインカの公用語であるケチュア語で「へそ」を意味する。

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有名なのはインカの精巧な石組み。



いまのコロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、チリにまたがる

広大な帝国を築いたが、16世紀にスペイン人たちによってインカは征服されてしまう。



インカの人たちの土台の上にスペイン人は新たに町を築いた。

でもインカの時代の面影はいまもなお人々の生活に息づいているように思われる。



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メルカド(市場)は活気に満ちている。



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簡易食堂も多く、多くの人が利用している。



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フルーツジュースコーナー。

ボリビアと同様、品揃えも値段も同じ店が並び、どこにしていいのか迷う。

結局は人柄のよさそうなおばちゃんか、呼び込みの上手い人のところにしてしまうけど。


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デザートも豊富。



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いいおばちゃんだとつい通って常連になってしまう。



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ちょうど母の日近くで、臨時のケーキ屋も出ていた。



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ちなみにこれは町のケーキ屋。

種類がたくさんあるというよりは、飾りつけを変えてるだけ?

見た目は原色が多く鮮やか。味の方は…



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これも母の日に関係あるのか、花を売っている人が多かった。



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市場だけでなく、自分の所でとれた野菜などを売る人が路上に溢れている。



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肉はもちろん、



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生の魚もある。

昔とは違い、輸送技術が発達しただろうから、これは昔にはなかった光景かな。



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頭だけを何に使うのか。。。



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アンデスが原産の真っ赤に熟したトマトもたくさん。



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おこぼれをもらおうと犬も必死。

でも決して商品には手を出そうとしない。



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内職をしながらだけど、どっちが本業か分からない。

人によって品揃えは様々。

町の近郊から売りに来ているのだろう。

かつては物々交換もあっただろうが、いまは貨幣経済社会。

でも家のご近所同士では物々交換も行われているのかな。






露天商が並び町は活気にあふれる。

そしてそれの最大規模な「泥棒市」と呼ばれるものが、毎週土曜日に行われる。

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ブルーシートの屋根が道を埋め尽くす。



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売っているものは多種多様。



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中にはこんなパソコンのマザーボードも。



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リモコンや充電器、ビンにスプーンと品揃えに系統はない。



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電話にドライヤーに人形に何かの鉄の部品など、

とにかくなんでも拾ってきて並べているといった感じ。

本当に売れるのか、そして売れると思っているのか疑問だけど、

う~んあまり深くは考えていないのだろう。



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ギター工房の兄ちゃんたち。



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食べ物を扱う露天商も多く、捜し歩くのに疲れたら、これらを軽く頬張りひと休み。

焼きバナナは、生よりもバナナの甘みが引き出されとても美味しい。

奥にはアンデスらしく焼き芋も。



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これはクイ。

この辺りの地方ではタンパク源として重宝されてきた。



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カワイイこの子たちね。



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味は鶏肉に近い感じかなぁ。

そこそこいける。



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昼前に声を掛けられ、後で食べに戻るって言って、戻ったらこの表情。

昼食のお客の波が途絶え、ひと休みといったところか。

これは豚のから揚げ。






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人口が増えるにつれ、町は拡大していった。

そうして斜面にも家々が立ち並ぶようになり、

奥行きのある面白みのある街並みが生まれる。



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地形に沿って路地が湾曲し、

所々に下を見渡せるような展望台のような小広場があり、

散策するのに楽しいルートが生まれる。

そしていい匂いをさせるパン屋や小さな中庭をもつカフェなどがあるので、

もう言うことなしである。



そのまま坂を上って行くと町を一望できる場所に出る。

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スペイン人が入植時に定めた都市計画法(インディアス法)は

広場を中心にして碁盤の目状の街路を張り巡らすというもので、

これはインカの都市計画と同じだった。

そこでインカの街並みの基盤をそのまま使ってスペイン人は町を発展させた。

真ん中やや下方に見えるのが中心のアルマス広場。



クスコにはこのアルマス広場の他にも多くの広場や公園があり、

多くの人に利用されている。

その中に、ベンチに座って何をするでもなくただ座っている人を見かけることは

何も珍しいことではない。

別に退屈そうにしているわけでもない。



何もしない時間。



日本に居たとき、そしてこの旅行中でも、

何もせずボーっとしているということはまずないと言っていいだろう。

時間は出来るだけ有効に使いたいと思うから。

働いていたときの休日はというと、

忙しかった週の週末は寝込み、何となくテレビをつけ、

何となく時間が過ぎて、気がつくと夕方で「もうこんな時間か」って思ったり、

そうでなければスポーツをしたり出掛けたり、飲みにいったり、

たまにダラっとすることはあっても、

常にどこかに時間は有効に使わないと、という意識があった。



現地の人に時間を聞かれることがたまにある。

時計を持ってないというよりは、ほとんど必要ないのだろう。

日時計に従い、時間に追われることなく生活している彼ら。



こちらの人の、ベンチに座ってただ空を眺めている姿を見ると

羨ましくも思う。

実際同じようなことをしてみても、そうそう長くは続かない。

どうしても時間がもったいないって思ってしまう。

日本人というか都会人、いや現代人としての性格が染み付いているのだろう。

ある意味贅沢な時間の使い方だ。



でもあせらずのんびりとして、空を太陽を、

そして空気を感じられるような心の余裕を持ってみたい。

そして多くの人がその心の余裕を持てるようになれば、

社会の空気が少しは変わるような気がする。



いろいろな社会問題が生まれ、それらの対処法に苦しむ人たち。

遠回りのようだけど、一見無駄なような何もしない時間を味わらせることが

結構効果的な結果を生むかもしれない。



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心に余裕があれば物事はうまく進むし、

心に余裕があれば社会の空気は穏やかになる。






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そうこうしている間に日は暮れはじめる。



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街灯の明かりが見事な夜景をつくりだす。

このクスコの夜景はこれまで見た夜景の中でもトップクラス。

写真はないけど、郊外からバスで戻るときに見える、

この写真よりもっと上から見た夜景は本当に素晴らしい。



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さて、月もきれいなことだし、まわりの雲も不思議な感じだし、

一丁インカマッサージでも受けに行くか!!

ということで歴史ある(とはとても思えない)

インカの秘術を尽くした(ともとても思えない)

マッサージを受けることにした。

アルマス広場付近を歩いているとやたら声が掛かるから、どんなものか試したくなった。

普通のマッサージが1時間で300円ちょっと。

そしてインカマッサージが600円ほど。

となると、ここはクスコ。インカマッサージを受けるべきでしょう。



さてこれがどんなのかというと、

暖めた石を使ってマッサージをするというもの。

マッサージの類は初体験だったので、

これが果たして特別なインカならではのマッサージなのかは不明…

でも暖かい石でつぼを押されたり、

コロコロと肌の上を転がしてもらうのは気持ちよかった。

時短されることもなく、気分がいいまま終了。

なかなかのコストパフォーマンスだった。



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路地は夜になると表情を変える。



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人が少なくなった歴史ある街並みが暖かみのある街灯に照らされる。



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街灯によって照らされた滑らかな石畳の表面は、

数え切れないほどの人々が通り過ぎていった長い歴史を物語っている。

(滑るし歩きづらいけどね)
2009.08.04 Tue l 24:南米:ペルー l COM(0) TB(0) l top ▲
ペルー:リマ(2009年5月)
Peru : Lima (05/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



ペルーの首都リマ。

歴史あるペルーの首都だけあって、博物館の充実度は他の都市を圧倒している。

全ての博物館に行くほど時間も金もないので、

数ある博物館の中で選んだのは「ラファエル・ラルコ・エレラ博物館」

モチェ、チムー、ナスカ時代の土器や黄金が展示されている。

中でもモチェ時代の土器のコレクションは充実している。



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モチェ時代(BC.1C ~ AD.8C)の土器には、ナスカ時代やチャンカイ時代のように

デフォルメしたかわいらしい土器は少ない。

そう、モチェ文化は世界でも稀な本格的な肖像土器を残したことで知られている。

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肖像土器は繊細かつ正確に人体工学的な特徴を写し取っており、

何らかの印や名前などを参考にすることなく、

顔かたちの特徴だけでモデルとなった人物を特定することができたと考えられている。

肖像土器の対象となったのは政治的権力者、神官、戦士、優秀な職人などで

人物ごとに様々な場面が表現された。

肖像土器には神々の顔も表現されたが、女性の肖像土器の存在は確認されていない。

頭飾りや髪型、体の装飾品、顔に施した化粧などが見事に描写されている。

肖像土器の多くは、儀式用のトウモロコシ飲料チチャなどを入れて使用した跡があり、

使用後に墓へ納めたと考えられる。(以上、博物館の解説文より)



時代によって人々が残したいと思ったものや残す方法に違いがあり興味深い。

土器にしてその当時の様子などを表現するというのは、

何かしら後世に残したいという欲求があったからだろう。






この博物館にはもうひとつエロティックな土器を集めたコーナーもある。

その名もSALA EROTICA(EROTIC GALLERY)

先ほど、モチェ時代の土器は本格的な肖像土器だといった。

つまりとても写実的だったということ。

食べること、寝ること、戦うこと、そして性の営みも

正確に描写した。



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最初に目に付いたのはこれ。

体との比率が凄い。

若々しさに溢れてる年代の頃だけど、これはいくらなんでもディフォルメしてるだろ。

でもこういうのは実際に使いたくないような気が…

実用的ではないと思う。。。

きっと日常に使う土器ではなく、埋葬するときとか他の用途だろうな。



あっ、最初にお断り。

たぶん以下に紹介する土器はモチェ時代のものが多いと思うけど、

ちゃんと確認しなかったので、正確なことはわかりません。

古代ペルーのものが集められてます。



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鹿?が正常位でしてるところ。

この時代に人々は何を見て何を思い、何を願っていたのだろう。



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一見、イタズラ心満載の作品に見えてしまう気がしなくもないが…






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膣ではなく肛門へ。この時代で既に行われていたことに驚いた。

普通に男と女だけど。

単に子孫を残すという目的以外で性の営みが行われていた。






2つの展示室を繋ぐ場所にあった2作品。

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生々しすぎる…






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骸骨が自分の男根をもっている様子。



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男は骸骨、女は生身の人間で、女性が男根を握っているもの。



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男も女も骸骨で、男が男根を握られて喜んでいるような様子。


このような骸骨同士、また骸骨と生身の人間の性の営みはどういうことを示唆しているのか?

生と死。

モチェ文化の死生観には死後の、死人の世界が存在していたのだろう。

死んだ人は黄泉の国へ行き、

そしてお互いの世界を行き来するというか、

交流のようなものがあると考えていたのだろうか。



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骸骨が自分の男根を大事に持っている様子。

男根から精子が出ることにより生のストーリーが始まるから大切そうに持っているのか。
死後の世界と新たなる生の世界は繋がっている。

死から生へ、時間は連続しているということか。



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そして男根の裏に人の顔。

なんだこれは、男根の神様か?

こういうのを見ていると、あらゆるものに意思が宿っているというか、

単に体の一部という以上のものを感じる。






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性病に苦しむ様子。



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女性が男根を口に含む行為。

もっと平たく言いたいとこだけど、そうするとそっち系のサイトの

トラックバックとかつきそうなので止めときます。



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今も昔もそうそう変わってないのかな。






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これは子供が生まれる様子。

性の営みは人類が子孫を残すための大切な行為。






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最後に展示されていたのがこれ。

男女とも本当にいい表情をしている。

満足して、お疲れさんってとこかな。

性を楽しみ、そして性に感謝している、そんな印象を受ける。



この土器が性の営みの素晴らしさを表現しているような気がした。

2009.08.06 Thu l 24:南米:ペルー l COM(0) TB(0) l top ▲
ペルー:ワラス(2009年5月)
Peru : Huaraz (05/2009)
(地図は右のルートマップを参照)

ヤンガヌコ湖、Lago69(ラゴ69)、チュルップ湖を訪れる。


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首都リマを出発してアンデス山脈上の町ワラスへ向かう。

シーズンには少し早かったけど、

南米でも屈指のトレッキングの地であるので、前から楽しみにしてた。



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リマの周辺、太平洋側のコスタと呼ばれる地域は、このような荒涼とした風景が続く。



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そしてシエラと呼ばれるアンデス山脈に入っていく。



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またしても標高3000mを越す世界に戻ってきた。



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シンプルな美を感じ、そして雲の存在を近くに感じられるこの世界はやはり良い。



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ワラスの町に近づくにつれて生き生きとした緑が増えてきた。

これらも人間が手を加えた自然の景色なのかもしれない。

それにしても移動しているバスの車窓からこれだけの景色が見ることができるのだから、

ワラス、期待がもてる。



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ここはチャビン・デ・ワンタルというワラス近郊の遺跡に行く途中に寄った湖。

標高は4000m近い。

リャマと一緒に写真撮らない? と、地元のおばちゃん。

ペルーは観光立国。まあこういう商売も生まれてくるわな。



さて、ワラスでは久々にトレッキングをするつもりでいた。

いくつかルートがあったが、その中で選んだのが、

世界で2番目に美しい(らしい)景色をもつというトレッキングルート、

ワイワシュ山群に行くことにした。

ナショナルジオフラフィック誌が選定した世界のベスト周遊トレッキングコース、

でもあるらしい。

標高5000m越えの峠もいくつか通るという、これまでに体験したことない世界。

いったいどんな景色が待ち受けているのだろう。



何ヶ月も高地生活を続けていたとはいえ、さすがに5000m越えは未知の世界。

そこを全ての荷物をもってトレッキングするのはちょっと怖かったので

ツアーに参加することにした。

トレッキングツアーまで1日空きができたので、

チャビン・デ・ワンタルという遺跡に行ってきた。

で戻ってきて、夕食を食べ、チョコなどの軽食を買って帰ると、

なんとツアーは中止になったという。

一緒に行くはずだった他のツアーメンバーが体調不良のためキャンセルしたとのこと。

他の旅行会社に頼むにしても時間が遅すぎる。

う~む。



さらに夜、電気のスイッチが見つからず暗闇の中、階段を降りていたら

最後の一段が見えず転倒…

そして右足の捻挫…

う~む。

何やってんだオレは…



実はこの前々日に、留守中のホテルの部屋に泥棒が入り、現金を少し盗られていた。

よく見ると窓の鍵もちゃちい作りだし、ドアも鍵をかけていても頑張れば開いてしまう。

部屋は5階だし、ホテルの従業員の仕業か?

でもなぜか貴重品全てを持っていかない謎の泥棒。

正確な値段は分からないけど、被害はたぶん数十ドル。

う~む。

不幸は重なるもんだ。



まあそんな宿はさっさと変更。

移った宿はホントいい人たちだった。

最初からこういう宿に当たるといいんだけどね。



そんなこんなで7泊8日のワイワシュトレッキングは断念。

あら? 楽しみにしてたのに。。。

トレッキングをしないとなると、ワラスの町はこれといって特にすることがない。

そこで療養を兼ねて、山奥の村に行くことにした。



その村で飲んでいた塗り薬ではなく飲み薬がやけに効いたのか、

2日ほどで痛みはだいぶ引いてきた。

この分ならハードな道でなければ1日くらい歩けるなと思い、

ワラスへの帰り道に、密かに噂になっていた

「Lago 69 / Laguna 69(湖69番)」に行くことにした。



朝4時半にコレクティーボで村を出発。

それにしてもどうして田舎の交通機関ってこんなに朝が早いんだろう。

まあそのおかげで、明るくなると共にトレッキングを開始できるからいいんだけど。



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天気は生憎の曇り空。

晴れ男のツキもなくなってしまったか…

5000m級、6000m級の山々に囲まれているから、凄い景色が楽しめるはずだったのに…



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時折雲の切れ間から顔を出す程度。

晴れてればさぞ爽快だろうに…



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朝方は多少は晴れ間も見えたが、昼からは小雨もぱらついてきた。

これはペルー最高峰のワスカラン。

けど山頂は見えず。



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最初は川沿いに草原を歩き、

その後1時間ほど登ると、高山植物が目に付くようになってきた。

目指す湖はそろそろのはすだ。



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歩き始めて3時間弱、(神秘のベールに包まれていた?)

噂のLago69がついにその姿を現した。



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近くには他にも湖があるのだが、色が全然違う。

氷河湖は条件によって色が変わってくる。

それぞれが個性的だ。



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それにしてもこの色。

アルゼンチンのペリトモレノ氷河で見た水の色ともまた違った青だ。



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こりゃマジすげぇ。やってくれるなぁ、Lago69。



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しばらく粘った甲斐もあり、時折陽が差すことがあった。

陽が当たるとまたその表情を変える。

明るく光り輝く水色。



でも曇っていたおかげで

より深く透明な青を見ることが出来た。

本来なら天気が悪く、陽が差さないことは嘆くべきことだけど、

今回はもしかしたら、こっちの方がいいんじゃないかと思わせるくらいだった。

(強がっているわけではなく、ね)



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標高4000mの世界。公共交通の利用と少々の歩きで来ることができてしまうのも、

ある意味凄いこと。



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帰りは少し歩く距離を増やし、別の湖にも行ってみる。



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白っぽさが加わった青色。これはこれで中々。



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この湖は両側を険しい山に囲まれた谷にある。

ここを歩いているだけでも十分楽しめる。






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翌日はまた別の湖(Laguna Churup)を目指して1日トレッキングに行くことにした。

ワラスが標高3000mほど、そして目的の湖は4450mに位置する。

Lago69とは違い、今回は上りが多そうだ。

足の痛みはまだ残ってるけど、行けるところまで行ってみよう。



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コレクティーボで麓の村まで行く。標高は3500mほど。

ここから平地1時間、上り2時間の合計3時間かかるらしい。



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平坦な道を歩いてまずは山の下まで行く。

ここを歩いているだけでもまわりの景色は十分楽しめる。



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目指す湖はこの山の下に。

この崖を登らなくてはならない。

(といっても実際はこれを直接登るのではなく、横の道を上って行く)



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振り返るとワラスの町(右側)が見える。

なかなか爽快だ。

風が気持ち良い。



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最後はホント崖をよじ登り、湖に到着。

結局上り2時間のところを1時間20分で来ることができた。

おっ、足の調子はまあまあかな。



この景色を独り占め。

湖はLago69の方が凄いけど、晴れてまわりの山々がよく見えるし、

これはこれで大満足。






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宿に戻り、おばちゃんにLago69とかも行ってきちゃったって言ったら、

「どうだった湖は?」

「si, linda, muy linda(うん、キレイだった。本当にキレイだった)」

スペイン語の語彙をあまり知らないこともあるけど、

その言葉が自然と出てきて、しかも満足度を伝えるにはそのひと言で十分だった。



スペイン語で「美しい」とか「キレイ」を表すのには、

「男性形:bonito(女性形:bonita)」と「男性形:lindo(女性形:linda)」がある。

地元の人に聞いたけど、使い分け方は特にないらしい。

なので自分も意識することなく、自然と口から出てくる方を使っていた。



こういう自然の景色を見ると、

美しかったとか凄かったとか、そういう陳腐な言葉しか出てこないことが多い。

でもそれはそれでいいのかも。

あまり上手に言葉で表現しても、逆にうそっぽく聞こえてしまうこともあるし。

時には単純にひと言で表した方が効果的かも。



足の調子は大分よくなっていたので、

2~3日後にはトレッキングに参加できないことはなかったかもしれないけど、

さらに8日間は時間的に厳しかったし、

Lago 69のおかげで、ワラスを大分満足することができたこともあり、

次なる目的地に移動することにした。



いや~、Lago 69は凄かった。「muy linda」



そういえば、ふと思ったんだけど、

ブルーハーツの「リンダリンダ」ってスペイン語なのかなぁ。

2009.08.09 Sun l 24:南米:ペルー l COM(3) TB(0) l top ▲
ペルー:ヤマナ(2009年5月)
Peru : Yamana (05/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



今回は前回の記事で少し触れた、捻挫の療養時に滞在していた山奥の村について。



ワラスからコレクティーボを乗り継いで、ヤマナという小さな村へ行くことにした。

車は途中、標高4000m後半の峠を越えることになる。

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峠を登りきった付近。

九十九折の道が凄い。

エンジンも休ませないいけないのでひと休み。



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そしてそこからは、Lago69に行ったときは見ることが出来なかった

ペルー最高峰のワスカランのツインタワー?を眺め、



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これまたLago69の帰りに行った湖を上から眺めることが出来る。






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峠を越え、しばらく行くと、

豊かな自然に囲まれ、ひっそりと佇むヤマナの村が見えてくる。



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こんな小さな村。






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そして宿のテラスからは、



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村を眺めることができる。



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何とも落ち着く景色。

まわりの自然の緑と屋根のオレンジが同調しているかのよう。



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そして遠方には雪を被った山々が。



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ん~~~、



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ゆっくりと寛ぐにはいい場所だ。






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アイスクリーム屋のおっちゃん。

写真を送ってって言われたから住所聞いたけど、住所はないって。

ヤマナという村の名前と、彼の名前だけで届くそうだ。

ホントに届いたのかな…



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村の広場。

大聖堂と呼ぶには程遠いけど、教会もしっかりある。

クスコの人々と同様、ただ空を眺めたり、

ただ道行く人を眺めたりしている人もいる。



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ふと、ここの人たちは何を楽しみにして生きているのだろうと思った。



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とにかく話す相手がいないのは寂しいことだ。



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そういえば娯楽って何なんだろう。



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「娯楽とは、生活のための労働や学業などの余暇に、

 気分転換をはかるために 遊びとして何かをしたり 見たり 聞いたり

 などして楽しむこと。(bookshelfより)」



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仕事、学業、余暇、遊び etc..

普段の生活そのような言葉でカテゴリー分けされている。



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「趣味を仕事にできていいね」

「趣味は仕事にするべきではない」

なども耳にすることがある。



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「仕事は仕事、遊びは遊び」

「仕事はつまらないもの、遊びは楽しいもの」

「仕事だから仕方ない」

でも仕事って、余暇って、遊びっていったい何なんだろう?



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生きていくには生産的な行為をしなければならないが、

その行為とそれ以外を分ける必要が果たしてあるのだろうか。



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言葉に囚われすぎているというか、

もっとそれらの言葉から自由になってもいいのではないか。

これまでの定義づけに囚われず、自分で考え直してみるのもいいのではないか。



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この村の人々の生活を見ていると(まあそんなに奥の方まで見たわけではないけど)

カテゴリー分けをして時間を過ごしているのではなく、

何かもっと渾然一体となっているような印象を受けた。



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こんなことは、

働きもせずフラフラと世界を遊びまわっている旅人の戯言に聞こえるかもしれない。

それに考え直してみても、劇的に何が変わるわけでもないだろう。

でも発想が自由になれば、これまでになかった発見があるかもしれない。



とまあ、上記のことはそのとき思ったことを書いただけなので、

後で読み返してみて、何て思うか楽しみでもある。

何を青臭いこと言ってたんだろうとか(笑

まあでもこういうのを記録として残しておくのも一興だろう。






さてさて、それはさておき、

朝方、日が昇る前から小鳥たちが鳴き始める。

いろいろな種類の小鳥がいるのだろう、

四方八方から様々な泣き声が聞こえてくる。

さながらコーラスのように。



そんな中、鶏のコケコッコーって泣き声はちょっとうるさい気がしなくもないけど…

鶏は腹の底からコケコッコーって叫んでいる。

そういえば声はよく聞くけど、初めて見たかな、叫んでる姿は。






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そんな心地よい声に導かれるように、

空が青みを帯び始めてくる。



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そして今度は静かに山々が歌いだしたように、その表情を変化させ始めた。



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闇から開放されつつある空の青と、真っ赤に照らし出された雪山の赤の対比が見事。






小鳥たちだけでなく、声を発しないまわりの環境も含めて全てがコーラスのように

自分の目に耳に体に、心地よい見事な景色を届けてくれた。






先ほども書いたが、

娯楽とは、気分転換をはかるために何かをしたり 見たり 聞いたりして楽しむこと。

そういう意味では、このときの自分にとって

この明け方のコーラスはとても良い娯楽であった。

都会では味わえない、贅沢な娯楽。



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そしてこの村に住んでいる人にとっても、

慣れ親しんだ特別なものではないかもしれないけど、

これは娯楽のひとつなのだろう。

どこにでもある移動可能な娯楽の類ではなく、

ここだけでしか味わえない娯楽。

2009.08.17 Mon l 24:南米:ペルー l COM(6) TB(0) l top ▲
ペルー:トルヒーヨ(2009年5月)
Peru : Trujillo (05/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



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かつての旅とは違い、いまの時代の旅は、

事前に訪問地のイメージを何かしら抱いていることが多いだろう。

テレビで見たとか、小説の舞台だったとか、ガイドブックで読んだとか etc..

たまに情報がまったくない場所に訪れることもあるが、

事前に何かしら知っている場所を訪れることの方が多い。



さて、ワラスの次の訪問地トルヒーヨ。

ここは太陽のワカ、月のワカ、そしてチャンチャン遺跡といった歴史遺産が有名だが、

トルヒーヨの町のついては何も知らなかった。

しかしペルー観光局のパンフレットに掲載されていた一枚の写真に魅せられ、興味をもった。

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こんな感じの写真。

この町独自の建築的な意匠があり、

きっとこのようなファサードが続く街並みが広がっているのだろう、と

イメージが膨らんでいった。



宿を決め、まずは中心のアルマス広場に向かう。

途中、上の写真のような建物もいくつか目にして、期待感が高まる。



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広場を囲む建物。



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独特な窓の意匠にカラフルな壁面の家が並んでいる。

期待通りの光景だ。



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回りの建物の内部も興味深いところがあり、観光の出だしは快調だった。



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ちょっと余談だけど、

広場の広さ(面積)とそれを囲む建物の壁面の高さの比が悪く(低すぎ)、

それに広場と建物の間にも数車線の車道が走っていて、

広場特有の感覚の建物群に囲まれた感じがほとんどしない。

まあ空が広くよく見えるという利点はあるけど・・・



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もっと街並みを見ようと広場から離れてみると、

所々にこの町独自の建物はあるけど、老朽化していたりして、

この独自の意匠を尊重して使い続けているという感じがしない。



正直、観光局のパンフレットで見たような光景はアルマス広場のまわりだけだった。

そこは町の中心であり顔であり、旅行者などの外に対しての顔をもつ。

だからメンテナンスもするし、街並みの景観にも意識を払う。



でもそれが広場だけで、それ以外の場所にほとんどないとなると、

何だかつくられたような、一種のテーマパークのような感じもして、

あまり好感がもてるものではない。

それに事前にイメージを膨らませてしまったため、失望はより大きかった。



イメージを膨らませたのは自分の勝手だし、

失望が大きくなったのは誰のせいでもなく自分のせいだ。



ある町のあるがままの姿を見に来たのではなく、

自分の中に出来上がっていたイメージの姿を見に来たようなもの。

まだ知らない町の姿を見に来たのではなく、

イメージでつくりあげた町を確認しにきたようなもの。



旅の定義は人それぞれだろうけど、

これでは旅をしているというより、

自分の頭の中でしていた空想の旅をなぞるように、確認するように旅をしている、

といった方が適切かもしれない。



旅人の世界では、世界3大がっかり遺跡だとか、

そのような期待を裏切られたような話がある。

理由としては、有名な割りにしょぼいということもあるけど、

事前の文なり写真なりの情報から自分なりのイメージを作り上げ、

実際行ってみると、まったくそれに沿うようなものではなかった、

ということもあるだろう。



日本のガイドブックである「地球の歩き方」は写真が豊富で、

それを読むと、行きたいところの選択が容易にできる。

それに比べ、オーストラリアの、

というか世界中のパッカーが使う英語の「ロンリープラネット」は

写真をほとんど載せていない。

確か、実際に行ってから楽しめるようにとか、

そんな感じだったと思うけど、この編集意図はなかなかのものである。

でも、行く場所を決めるのは写真があった方が手っ取り早いし、

歩き方もロンプラも一長一短かなぁ。



ガイドブックももたず、適当に行きたいところに行くような旅は、

後で見所を逃したと知ると、とても悔しくなってしまうような、

割り切れない未熟な性格なので(笑)

そういう旅は難しい。

時間的にも大分余裕がないと難しいだろうし。

(いつかはそういう旅もしてみたいけど)



要は、事前にイメージをもっても、

それに囚われることなく、目の前に広がるあるがままの姿を

きちんと見ることが大事なのかな。






町の観光のあと、太陽のワカや月のワカ、チャンチャン遺跡といった、

いわゆる見所をまわり、最後に近郊のワンチャコ海岸に行ってみた。

peru

ここはトトラ船で有名なところ。



この辺りは赤道に近いといっても、太平洋側の海はフンボルト海流の影響で、

水が結構冷たい。

なので、特に海に入ることもなく、海岸をぶらついていた。



peru

こういうところを一人で歩いていると、

一人身の寂しさを感じ、いろいろ空想に耽ってしまう。

「あのコと一緒だったらなぁ」とか。

海辺で一人は辛い…

まわりはカップルや家族、友達同士で楽しくやってるのにね。



ある人と知り合って、その人が気になるような人だと、常に頭の隅にその存在が残る。

その後も一緒にいて、その人のことをより知ることができればいいのだが、

その後、なかなか出会う機会がないと、

その人のことを勝手に創造し、美化していく傾向にある。

で、まあしばらくぶりに再会したときにガッカリすることがあるんだけど…

でもそれはその人が悪いのではなく、自分の都合のいいように美化した自分が悪い。



時間のあるときに、ろくでもない空想物語を描いてしまうこともたまにある。

けど、そこの登場人物は自分が作り上げた(美化した)人。。

ある人をあるがままに見て、その結果、恋をするのではなく、

ある人を途中から勝手に作り上げて、

うまくいくまでをシュミレーションする。

何だかそういうことが結構好きなような。。。

ヒマ人だなぁ…



最近もそんなことを少々考えてて、

はぁ、そういや成長してないなぁ

と、浜辺をブラブラしながら思った。



そんな感じでまたひとつ年を重ねていく…

イカンイカン。



peru

このおやじのように、日々、目の前のモノ、現実のモノに向き合っていかないと、ね。

2009.08.30 Sun l 24:南米:ペルー l COM(3) TB(0) l top ▲
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