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ボリビア:ポトシ(2009年4月)
Bolivia : Potosi (04/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



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ウユニから6時間ほどで世界最高所に位置する都市ポトシに到着。

標高は4070m。富士山の遥か上である。



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ポトシで出迎えてくれたのは(誰だか知らないけど)日本人だった。



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ポトシの名を世界に広めているのは、この銅山「Cerro Rico」だろう。



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銅山の中でコカの葉をかみ、食事もせずに1日8時間ずつ3交代制で働いているらしい。

彼は中で働いているのではなく、外で管理?している人。

コカの葉をかみ、葉を頬に溜め込むその姿は、イエメン人を彷彿とさせる。



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銅山の中は暗く砂塵が舞う過酷な環境。

しかし、労働外の時間を過ごす環境も決して良いとはいえない。

銅山の外には簡素な小屋が並ぶ。

ここでは労働の疲労をとり去り、

心身をリフレッシュするような環境であるべきなのに、そのような配慮は見られない。

「家」というのは本当に大事な環境だと思う。



旅行者の家に該当する宿も様々である。

いろんな宿に泊まってきたが、その宿が翌日の心身に与える影響は大きい。



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ポトシの町は世界最高所に位置するといっても、特筆すべきところは。。。ないかな…



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若者も多く、意外と活気に満ちていた。



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モノも不足などしていなく、他の町と同様である。

う~ん、ちょっと高所の町に変な先入観があったかもしれない。



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町の人の表情も良かった。



町を歩いていると、面白い光景を目にした。



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ケーキ屋。ショーケースに入るわけでもなく、屋外にそのまま放置。

デコレーションセンスの素晴らしさ… こんなの見たことねぇ。

妙な垂れ具合、意識してやってるんだろうなぁ。



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食堂の入口に唯一飾ってあった見本。

玉ねぎとじゃがいもを炒めたものにマヨネーズがかかり、横にサラダが付くという物。

あえて展示するほどのものなのか…



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この髪型が流行ってるのかな。



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誰だお前は…

なんでこんな色にしたんだろう。



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フルーツポンチや、なにやら得体の知れないものが沈んでいるジュース。

味はまあまあだった。



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とある広場。

なんか変な所に銅像があるんですけど…

もっと堂々と中央に置けばいいのに。

なんでそんなところに置くの。



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おっ、これはなかなかいいんじゃないの。

でもよく考えると…

まっいいや。



でも一番驚かされたのは、やはりこれだろう。

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ボリビアやペルーには日本で用済みになった車が現役でよく走っている。

他の町でもたまには見かけていたのだが、

ここではその出会う頻度が格段に多かった。

ほとんどの市バスは日本のものだった。



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温泉系は多かったなぁ。



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学校関係の送迎バスも多い。



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ん?プーマ?

プーマは車は出してないだろぅ。



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こんなのこっちの人が守るわけないよなぁ。



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ん?なんですかこれは。



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そんなこと言われても…



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ここに載せたのは全部ではないが、

ペイントを変えることなく、そのまま使っているから

町を歩いていると前から後ろから日本語が通り過ぎ、

角から突然日本語が現れたり、

ホントよく笑わせてもらった。



ポトシは町のディテールが面白い。

とまあ長い割りに何とも内容のない記事だった…


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2009.07.01 Wed l 25:南米:ボリビア l COM(3) TB(0) l top ▲
ボリビア:タラパヤ、ミラフローレス(2009年4月)
Bolivia : Tarapaya, Mila Flores (04/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



ポトシ近郊の村の近くに温泉があると聞き、行ってみた。

コンビに乗りタラパヤの村に向かう。

車内では日本人が珍しいのか好奇心の的になった。

小さい子も若い子もおじちゃんおばちゃんたちもみんな質問をぶつけてくる。

田舎に来るとこういうことは特に珍しいことではなんだけど、

みんながみんな興味をもって優しく接してくることはそうそうない。



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別れ際にキスをしてくれた女の子。

美人に成長してね。



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タラパヤの村を少し過ぎたところで降ろしてもらい、山を登っていく。



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まわりの景色は見事。



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アルゼンチンのウマワカを彷彿とさせる。



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ウマワカほどきれいに層になっているわけではないが、

荒々しく迫力は十二分にある。



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そんな景色を望むところに、真偽のほどは定かではないが、

ラグーナ・デ・インカ(インカの湖)と呼ばれている温泉がある。

眺めは抜群。

でも残念なことに、ぬっぬるい…

さすがに入るには温度が足りないので(地元の人は入ってたけど)

足湯で我慢。



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のんびり寛ぐにはいいところだ。



のっと上のほうに熱い湯がある(正確にはあったらしい)

というのでさらに山を登ってみた。

でも行けども行けどもそれらしきものはない。

所々に水の流れの跡が見えるのが気になるところ。

もしかして干上がってしまったのかも…



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途中で羊飼いのおじさんに会い聞いてみるも、これより先にはないとのこと。

でもタラパヤの先のミラフローレスっていう村にも温泉があるとのこと。

そっちに行ってみることにした。

このおじさんともしばらく話をしていた。

山に住む男は、海岸部に住む男たちのように陽気さは持ち合わせていないけど、

気の優しい男が多い。

話をしすぎたのか、

「あ~羊たちが行っちまった」って、走って追って行った。

ごめんごめん。



ミラフローレスに向かう途中、もくもくと煙を吐き出している湯だまりを発見。

若干硫黄臭もしていい感じ。

しかし今度は熱すぎた…

こりゃさすがに入れん。

う~むなかなか難しい。



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しばらく歩き、崖を降り、ミラフローレスに到着。



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最初に目にしたのは散らばった洋服たち。


実はこれは洗濯物を干しているだけなんだけど、

濡れたまま土の上に置いたら汚れ付く、よねぇ。。。

まあどうせ着てれば土の汚れはすぐに付くから、それは関係ないのかな。



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おっ、地ビール発見。



さてさてお目当ての温泉はというと、

ここの温泉はそこそこ暖かかった。

湯が出てくるところにいれば、そこそこ満足できる。

眺めはさきほどのラグーナ・デ・インカには敵わないけど

(残念ながら屋根が付き、東屋のような感じだったから、開放感がイマイチ)

湯に浸かるのはホント気持ちいい。



外国を旅行しているとたまにしか湯に浸かれないから、

浸かることの良さを身に染みて感じる。



他の温泉と同じくここもプール感覚のような温泉。

まわりではバレーボールをしていたり、泳ぎの練習をしていたり。

そのうち声を掛けられバレーボールをすることに。。。

ホントはゆっくりと浸かっていたいんだけど、

こういうもてなしの行為は有難くいただくことに。



帰りのコンビの中も、行きと同じような感じ。

左隣の女の子には腕を組まれ質問攻め。

右隣に座っている親父さんの視線がちょっと痛い…

周りの他の人も、人見知りをすることなくどんどん話しかけてくる。



見ず知らずの土地を訪れた者にとって、

関心を持たれないよりは、関心をもってもらい、

暖かく接してくれるのは大変嬉しいことである。



生まれ育った環境が、そういう性格を育んでいった。



環境と人格形成の関係。

そう簡単に答えは見つからないが、

その点に気を配りながら旅を続けていきたい。

2009.07.03 Fri l 25:南米:ボリビア l COM(0) TB(0) l top ▲
ボリビア:ルレナバケ(2009年4月)
Bolivia : Rurrenabaque (04/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



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ブラジルでは物価が高くて、アマゾンの支流の方に入っていくことは叶わなかったけど、

ここボリビアのルレナバケでは安く行けるというので行ってみた。

首都ラパスからバスで20時間ほどかけて、山を降りていく。



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このような山道を進むわけだが、



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道幅は2車線がきちんと確保されているわけではなく、

対向車とすれ違うときは道ギリギリを走る。

落ちたら、まあ死ぬのはほぼ間違いないから、結構冷や冷やものである。



山を降りたら、今度はジャングルをひたすら走る。



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夕食休憩のときに見つけたチョコ。

となりに売っているのがコカの葉で、チョコの包装もちょっと変わったものだったから

もしかして。。。って思って食べたら、何てことない普通のチョコだった。



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翌朝、ルレナバケの町に到着。



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中心部はさすがにコンクリートやレンガ造りの建物が多いが、



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ちょっと中心を外れるとこのような家々が目立つ素朴なところ。



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こういう景色を見ると、

あ~アマゾンに帰ってきたという実感がする。



ここでの目的はツアーに参加して、アマゾンの動植物を堪能しよういうもの。

さっそく旅行会社に行ってみるも、

なんとセマナサンタ料金ということで、どの旅行会社も通常の2倍の値段を提示してきた。

これは決まりで仕方ないんだって言ってたけど、どうやら。。。

セマナサンタとは、よくは分からないけど

キリスト教における聖なる(サンタ)週(セマナ)で、お盆みたいなもの???

いろいろあって、結局ツアーには参加しないことに…

20時間もかけて何しに来たんだか…



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でも町中で普通にこんなものも見れたし、

他の動物も、いままで訪れたいろんなところで見たことがあったので、

(見たことなかったのはピンクイルカとアナコンダくらいかな)

まっいっかって。



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昼間は暑くて、あまり動き回る気にはなれない。

やはりみなと同じようにハンモックに揺られたり、昼寝したり、ビールのんだり、

そんなゆったりとしたことが気持ちいい。

涼しくなったら動き出せばいい。

その土地に合った生活スタイルがある。

自然に逆らっちゃダメだ。

自然に身を任せ、同調して生きていくのが、

環境にも優しいし、何より心地よい。



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道名の看板もまわりに溶け込んでいる。



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サインでの表示は言葉に不自由な外国人にとっても分かりやすい。

「TOUR」は確かに書かないと分からないけど。

旅行会社のサインかぁ。確かに難しいなぁ。



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どこにでもある中華料理屋。

ネーミングが凄い。



夕飯をどこで食べようかウロウロしてたら、川岸に船を発見。

電気がついていてレストランっぽいので入ってみると…

飲み物しかなかった。

っていうか雰囲気や、船内の構成が置屋っぽかった。

こんなところにも、いや、こんなところだからこそあるのか。



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ラパスへ来た道を引き返す。

来たときは夜だったから分からなかったけど、

ジャングルの中の一本道をひたすら突き進む。

景色は単調で、特にこれといった変化がない。



途中、昼食休憩を挟み、また同じ道をひたすら進む。

何時間もバスに揺られ、やっと変化が見え出した。

少しずつ山を上り始めた。



何時間もジャングルを進んできたのだ。

だから来た道を振り返ってみると、、、



そう、

そこには大樹海が遥か地平線の彼方まで広がっていた。



さすがにこれには息を呑んだ。

これまでの単調で面白みに欠けた景色から打って変わってこの迫力。

同じものが続き、それが集まったときのスケールはもの凄い。



木々の間からたまに視界が開け、その大樹海を見ることができた。

写真を撮ることも忘れ、

というか心を奪われるというのはこういうことかと思った。

最後に思い出したように写真を撮ったけど、反対側の車窓であるのに加え、

ガタガタ揺れるもんだから、全然撮れなかった…

まあ一応載せようかな。



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この写真では全然その迫力は伝わらないけど…

これを見れただけでもルレナバケに行った価値があった。


2009.07.05 Sun l 25:南米:ボリビア l COM(0) TB(0) l top ▲
ボリビア:ラパス(2009年4月)
Bolivia : La Paz (04/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



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ここラパスからペルーの途中までの写真データがメモリカードの故障のため死亡…

よって、しばらくは片方のカメラの写真しかないです。

あ~町中のスナップ写真がなくなったのはひじょ~に辛い。



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標高3650mに位置するラパス。

山間のすり鉢状のところにまるでへばりつくように広がる町。

谷底にはビル群が目立ち、コロニアルな建築も見られる。

上にいくに従ってアドベ(日干しレンガ)の家々が目立ち始め、

それとともに貧しい人が増えていくようである。

その範囲は日に日に広がっており、

すり鉢状の上はかつては何もなかった空き地だったが、

今ではエル・アルトと呼ばれる町が生まれている。



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急斜面にびっしりと家が並ぶ。



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掘っ立て小屋のようなものから一応日干し煉瓦造りの家など様々。



農村から都市へ人口が流入し、農村は過疎化し、都市は肥大化する。

現代では何も珍しいことではない。

このような都市の拡張は計画的に行われたのではないから、

整然とした町は広がっていないだろうと思っていた。

そう、人口の流入により、混沌としたカオス的な状態があると思っていた。

しかしそこにはその場所固有の秩序が働いているようだった。



住居もどことなく基本となるような形式があるようでいて、

しかも少しずつ異なっている。

どことなく一体性を保ちながら変化に富んでいる。

というのは言いすぎかもしれないけど、

建売住宅が並ぶ街並みよりはずっと豊かに見える。

ざっと町を見渡した感じ、

街並みに統一感があるという点ではアジア的というよりは欧州的である。



でもそれは欧州のような全体と部分が対応している、

統御された諸部分の総和として全体ではない。

ここでは町を統合しようという意思は感じなれない。

強い全体にわたる秩序は見られないが、

秩序がないわけではない。



ブラジルのスラムのファベーラも混乱状態に陥っているのではなく、

意外と秩序だっていた。

人間は本能的に・無意識的に、何事も秩序立ててしまうのかも知れない。

だからある物事に人間が関わっている限り、

混沌としたカオス的な状況を作り出すというのは難しいだろう。

アジアの都市ももう一度見てみたいな。



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エル・アルト外れの日曜市にて。



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同じくエル・アルト外れに並ぶ床屋。

このような長屋に床屋がずらりと並ぶ。

その近くにも床屋が集まる一角があった。



そうそう、なにも床屋に限らず、

同じ業種の店が集まってしまう傾向が頻繁に見られた。

まあ普通の店舗なら分かるのだが、

屋台や露店までも同じ業種の店が固まっているのはなぜなんだろう。



例えば屋台のジュース屋。

近くを通れば一斉に声がかかる。

どこで飲もうかと考えても、どの店も同じメニューに同じ値段。

違いがないので、選ぶ決定的な要因が見つからない。

で、どこも必死に客引きするので、

その状況でひとつの店を選ぶのは個人的に非常に辛い。



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メルカド近くに魚を扱う食堂が並んでいるが、

ここでも状況が同じ。

まったく。。。困ってしまう…

目に見える秩序、そして目に見えない秩序もきっと働いているに違いない。






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そう、ラパスには食を扱う屋台が多い。

いろいろなものを食べ歩きするのも町の楽しみのひとつ。



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ボリビア版エンパナーダのサルティーニャ。

ジューシーな肉やポテトが詰まっており、汁をこぼさずに食べるのが結構難しい。



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コロッケのような。。。名前なんだっけ…。



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トッピングの野菜やサルサ(ソース)もいろいろ。

気軽に食べることができる軽食が町中のいたるところで売っているのが嬉しかった。

こういうのも町に対する装飾で、町を飾り楽しい場所に変えてくれる。

これらを食べるために滞在を延長したほど。

他にも様々な軽食が町中で売られており、ラパスは散策するにとても楽しい町だった。






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谷から見上げたラパスの夜景。


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そして見下ろした夜景。

2009.07.07 Tue l 25:南米:ボリビア l COM(0) TB(0) l top ▲

ボリビア:コパカバーナ・太陽の島(2009年4月)
bolivia : Copacabana, Isla del Sol (04/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



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ペルー・ボリビア国境をまたいで広がるチチカカ湖のほとりの小さな町、コパカバーナ。



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町にはのんびりとした雰囲気が漂う。



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チチカカ湖は標高3800mの高地にあり、かのインカ帝国もここから始まったとされている。

コパカバーナから船で2時間ほどのところに太陽の島と呼ばれる島がある。



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初代インカ皇帝マンコ・カパックとその妹ママ・オクリョが太陽の島に降り立ち、

旅を始めたそうである。

その伝説のため、ここは聖なる場所として崇められている。



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青く、そして冷たい水をたたえるチチカカ湖。



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島には北と南に小さな集落があり、



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インディヘナの人々がひっそりと生活している。



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起伏のある土地を段々畑にして、自給可能な生活スタイルを築き、



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旅行者を相手に僅かな現金収入を得て生活している。






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その間の荒涼とした土地にはそれらの集落をむずぶ道がある。



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島を歩いていると、雲の存在をやたらと近くに感じる。



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ここは標高3800m、富士山よりも高い場所である。




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水平線上に雲を眺め、そして時には雲を見下ろすかのようなこの体験は、

そうそうできることではないだろう。



「雲」



雲は

不定形である。

そして不断に変化する。

境界が定かでない。

密度は多様である。

そして分布もある。



光を映し出す。



軽々しく、ときに重々しく

宙に浮遊する。



そんな雲の多様性、浮遊性が好きだ。



bolivia-太陽の島



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このような魅力は、何も雲に限らないかもしれない。

他のものにも通じるところがあるかもしれない。

そう、建築・都市にも。

もちろん、雲とそれらとでは素材の性質があまりにも異なるため

真似しようとしても真似できるものではない。

部分部分に着目すれば、という意味で。



知る人ぞ知る「雲のジュウザ」

そういえば彼はこんなことを言っていた。

「自由気ままに生きる」

「雲ゆえのきまぐれ」

「おれはおれの意志で動く」



そのようなところも雲の魅力かも。



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2009.07.09 Thu l 25:南米:ボリビア l COM(3) TB(0) l top ▲
コロンビア:ボゴタ → パナマシティ(2009年7月)
Colombia : bogota → panama city (07/2009)
(地図は右のルートマップを参照)

(リアルタイムでは南米を離れるけど、ブログ上は今後も南米編が続きます)



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コロンビアとパナマは陸路では越えることはできない。

物理的に不可能ではないけど、道路はないので、

ジャングルの中を自力で進まなければならない。

まあそんなことは冒険家でもなければしないだろう。

それにそのジャングル地帯はゲリラの巣窟と化しており、相当危険が伴うようだ。

アメリカ大陸をつないでいるパンアメリカンハイウェイもここで一旦途切れることになる。



そこで大抵の人は飛行機で移動する。

パナマシティからカルタヘナ、もしくはボゴタへ、逆も然り。

そして陸路にこだわる人や、途中のサンブラス諸島に寄りたい人は

個人所有のヨットに乗せてもらって移動する。



自分も当初はヨットでコロンビアのカルタヘナからパナマへ行くつもりだった。

いやそれ以外の方法など考えてもいなかった。



アジアの旅は陸路にこだわっていた。

バングラデッシュから中央アジアを経てトルコまで陸路で行くことが出来た。

南米もほとんどを陸路でまわることになった。



飛行機を使ったのは、イースター島、ガラパゴス島、カナイマ(エンジェルフォール)、

前2者は遥か彼方の海の上なので仕方ないし、後者は陸の孤島なので通常は飛行機移動となる。

あとウシュアイアからブエノスアイレス、

そして南米2周目の時にサルバドールからリオデジャネイロ、である。

前者はバスとほとんど値段が変わらなかったことと友達に会いたかったので急いでたから、

後者はバスより安く、かつリオのカーニバルの本戦に間に合わせるため。

(2周目だったから、飛んでもいいやっていう気持ちもあった)



だから南米の南端近くのアルゼンチン・ウシュアイアから

北端近くのコロンビア・カルタヘナまでは陸路で来たことになる。

それならこれからも北進して、

アメリカ大陸の南から北まで陸路でつなげたいなという気持ちが強くなった。

まあこんなのは単に自己満足の男のロマンなだけだけど…



陸路で移動と言っても、人によってその意味するところが異なると思う。

自分の場合は景色を繋げたい、つまり、

町を個々観光するだけではなく、町と町を線で繋ぎ、

その間の景色も含めて少しでも面的な広がりをもって観光したいので、

陸路で移動するようにしている。

だからできれば夜行の移動も避けたいと思っている。

距離が長ければ必然的に夜行になる。しかし昼間移動に拘り、

細かく刻んで行くというのも金銭的・時間的に厳しかったから、

ある程度は夜行も使ってしまった。



それでもいま自分の中ではアジアも南米も景色がある程度繋がっている。



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さて、そこでコロンビア・パナマ間の移動である。

当初考えていたヨットだと、空を飛ばず、地表を進むという意味では

陸路移動の延長線上にあるけど、海の真っ只中を進むので、大陸の景色は途切れることになる。



そこで新たに浮上してきたルートが、道路がない部分を陸沿いにボートで進み、

ジャングル地帯の国境を越え、

そこからジャングルの上を飛ぶという飛行機でパナマシティまで行くというもの。

これだとジャングルを横からそして上から眺めながら移動できるので、

(飛行機は大きくないので、それほど高くは飛ばないらしい)

地に足がついてなくても陸路移動のような感じで

景色を見ながら進むことが出来る。

空を飛ぶので陸路移動とは呼べないけど、道が繋がっていないこの場所で、

景色をつなげるためにはこれが最上の選択だと思った。



で、コロンビアのボゴタまで北上してきて、

とりあえずその飛行機のスケジュールを調べたら、なんと現在は運休中とのこと。

スペイン語での電話だったので理由はよく分からなかったけど。

国境を越えて、もう少し海を進めば、その先に飛行機が飛んでいる場所があるので、

行けないことはない。でもそのあたりは公共交通機関はないし、

漁船に乗せてもらうかボートをチャーターするしかない。

それも常に好意的に乗せてくれるわけではないらしいし、幾らかかるのかも不明。

マイナールートなので同乗者もそれほど期待できないだろうし…



それに飛行機が運休になった理由は、

パナマ側がそこの国境を通過させたくないという思惑があるからだと思われた。

その路線は去年の年末あたりでもパナマシティからだと1週間待ちだったりと、

赤字路線だとは思えない。

それに元々そこの国境の評判はあまり芳しくなかった。

行ってみないと何ともいえないけど、情報を集めた限りでは、

下手すれば国境を越えられず、Uターンせざるをえない確率が低くはなかった。

時間に余裕があれば、例え引き返すことになっても、

そこがどんな場所か興味があるから行ってみたかったけど、

南米をゆっくり周りすぎたせいでそんなに時間的にも金銭的にも余裕はない

という悲しい現状…

ここに来て皺寄せを受けているなぁ。



そこでカルタヘナからのヨット路線が再浮上してきたけど、

再度カルタヘナまで行くのが面倒だし金がかかるし(コロンビアは物価が高い)、

事前に調べた情報だと都合よく出発するヨットはない。

なのでカルタヘナで最低でも3~4日ヨット待ちすることは必至だった。

それにヨットの値段が上昇していて、最初に聞いた値段の250ドルが去年で350ドル、

そしていまでは380ドルほど。カルタヘナは好きだけど、

前回も10日ほど滞在していたので、あまり長居はしなくない。



ということでしばし迷ったけど、時間の関係でボゴタから飛行機で飛ぶことにした。

それにボゴタからのフライトなら中米と南米の接点あたりを通過するので、

陸の景色を見れないことはない。遥か遠~くからだけど。



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しかしボゴタからのフライトもスムーズにはいかなかった。

片道航空券では乗せられないとのこと。

まあそうくる可能性は大だったので別に驚きはしなかった。

いや表情は驚いた風に装っておいたけど、それは演技。

こちらが粘って何を言っても、向こうはルールだからの一点張り。

こうくると、これを突破するのは容易ではない。

きちっとした会社だと、融通が利かないから困る。。。



とりあえず予約済みのフライトには間に合わないので、次の便に変更しろと。

それも25ドル払って。ペナルティだからって。



あんっ。ペナルティ?



こうなっては不快感を隠すことが出来ない。

とりあえず日本語で文句だけ言って、その場を離れる。



仕方なく出国の航空券の予約だけして、そのスケジュール表を見せる。

これでいいのかを確認するもはっきりとした答えが返ってこない。

そんなやりとりを後ろで見ていた地元の人が助けてくれた。

さすがコロンビア。

結局マネージャーのような人のところまで一緒に来てくれたおかげで、

自分の意志を伝えることができ、その場で搭乗券をGET。

もちろんペナルティの25ドルもなし。

この人はバカンスでカルタヘナに行くとのこと。

フライトまで時間はあるの?って聞いたら、時計を見てビックリした表情を見せ、

もうほとんどないって言ったけど、最後まで付き合ってくれた。

ほんとうにありがとう。



そんなこんなで、南米を去ることになった。

1年と8ヶ月弱、来たときは半年で中米まで行くつもりだったのに、

だいぶ長居したもんだ。



高速移動派で、沈没などもってのほかで、アジアは結構早く周ってきたけど、

南米最初の宿がやばかった。ビーニャの汐見荘。

ここで早くも南米モードに…



トレッキングもするようになったし、サルサやまさかのタンゴもやったし、

南米では新しい発見が多かった。

いろんな人との出会いも刺激的だったし、何より楽しかった。

南米の空気になじんできたのか、時折旅をしている感じがしなくなった。

そこにいるのが自然な感じ。



そして最後がコロンビアで良かった。

結構適当な面もあるけど本当にいい人が多い。

美人も多いし。

そういう雰囲気の中で過ごせるのは幸せなこと。



「街づくりは人づくりから」というのももっともなこと。

人が良い所は住んでも・訪れてもいい。

いわゆる見所が少ないと言われる(実際はそれほどでもないんだけど)コロンビア、

でもその人の良さで人を惹きつけてやまない。



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しかし、今でもラテンアメリカが好きなのかどうか疑問に思うことがある。

これだけ長く居たんだから好きなんだろうけど。。。

南米後のルートで、同じような街並みに若干飽きてきたこともあり、

中米は止めて、好きなイスラムの国に行こうかと考えたこともある。

でも結局は中米を選んだ。

いま行きたい国は?と言われればモロッコやアルジェリアなど

イスラム圏に行きたい、と答えるだろう。

でも行く先は中米で、またもやラテンな国々。

う~ん、何に惹きつけられているんだろう。

感覚的なものかな。



いろいろな思い出を胸に、

ボゴタの町を見下ろし、アンデス山脈を越え、雲をつき抜け、太平洋を目にした。



colombia

chau chau surdamerica.



というわけで、今はパナマシティにいます。

ちなみに旅はもう少し続けます。

といってももう旅の終盤に入っています。

できれば今年は京都で紅葉を見たいです。



ブログの方はまだ南米のが残ってるので(そういえばアジアのも残ってるな…)

リアルタイムで中米のを書くか、それとも先に南米のを書くのか決めてないけど

時間の許す限り書くつもりなので、もう少々お付き合い願います。

2009.07.19 Sun l 22:南米:コロンビア l COM(6) TB(0) l top ▲
ペルー:チバイ、カニョン・デル・コルカ(2009年4月)
Peru : Chivay, Canon del Colca (04/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



peru



ボリビアからチチカカ湖沿いに進みペルーに入った。

以前訪れていたことと、あと体調が悪かったこともあり、

(コパカバーナでは有名なミラドールに宿泊。4面ガラス張りの屋上の部屋は

眺め・日当たりともに抜群で、昼寝していたら、高所の強烈な日差しを浴びすぎて日射病に…)

ウロス・タキーレなどの島を巡るのはやめて(アマンタニ島だけは心残りだったけど)

ペルー南部のアレキパに来た。



そこからコンドルが多く飛んでいる場所として有名なコルカ渓谷へと向かった。

世界で2番目に深い渓谷である、コルカ渓谷。

ちなみに一番はこの渓谷の隣にある。



まずはチバイという村へ向かう。

バスは坂道をのぼっていくと、荒々しい景色のなかに色鮮やかな塊が目に付いた。

peru

地元の民族衣装を着た人たちが土産物を売っていた。

こんな高所にて、商魂逞しいというか、う~ん凄い。

ちなみに民族衣装はこんな感じ。

peru



この場所からの景色はなかなかのもので、

標高4000m越えの荒涼とした景色は日本ではお目にかかれない。

peru

空もどこまでも青く広く、雲が自由に駆け巡っていた。



そんなこんなでチバイに到着。

チバイには温泉があるというので行ってみた。

源泉は85度あるらしいのだが、

やはりというか、温泉に引かれていたお湯はぬるかった…

温度設定が違う温泉が3つあるけど、最高でも39度(40度だったかな?)

そしてお決まりのプール形式。

一番熱いところに行ったけど、夕方ということもあってか、寒いくらい…

お湯に浸かってても鳥肌立ってたし(笑

お湯が湧き出てるところで何とか我慢できるくらいなので、

とても満足行くような温泉ではなかった。



さて、お目当てのコンドルを見に行く。

展望台のあるクルス・デル・コンドルという場所へ向かう。

コルカ川沿いに進んでいく。

チバイの村周辺もそうなのだが、この辺りには見事な段々畑が広がる。

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地形が視覚化されるというか、

等高線のように段々畑が広がっている。

建築模型で山や丘をつくったときと同じような光景。

限りある土地を有効利用するために土地が耕されていった。



そしてこの段々畑をケチュア語(インカの公用語)でアンデン、アンデネスと言う。

それが転訛して、アンデスになった。

そう、アンデスとは豊富な段々畑のこと。

つまり、山の斜面を昔から有効活用してきたということである。



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まるでパッチワークのよう。

大地を使って芸術表現しているようでもある。



ジブリの「おもいでぽろぽろ」だったかな、

確かこんなようなセリフがあったと思う。



田舎の景色は人間がつくったもの

田や畑だけではなく、森や林も。みんな歴史がある。

人間が自然と戦ったり

自然からいろいろもらったりして生活しているうちに出来上がってきた景色。

人間がいなかったらこの景色は生まれなかった。

人間は絶えず自然から恵んでもらわないと生きていけない。

だから自然も生き長らえてもらうために、人間もいろいろやってきた。

自然と人間の共同作業、それが田舎。



そう、これはつくられた自然の風景。

生活をしてくための知恵の結晶としての風景。

手付かずの大自然にはない、心が和むような、ホッとする景色。

都市部にはこのようなホッとする景色は少ない。

そこには自然との共同作業がないからだろうか。



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さて、やってきたコルカ渓谷。

遥か下をコルカ川が流れ、そこを優雅にコンドルが何羽も飛んでいる。



羽を羽ばたかせるわけではなく、風をうまく捕まえて、風に乗り、舞うような感じ。

自然の力を利用すれば、不必要なエネルギーはいらない。



写真を撮ると、それに撮るのに必死になって、

肉眼でほとんど見れなくなるから撮らないつもりだったけど、

やっぱり記録に残したくて、最後の方はカメラを持ち出してしまった。

あ~、まだまだ肉眼だけで脳裏に焼き付けるってことができないなぁ…



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やっぱ撮るのは難しかった。


2009.07.24 Fri l 24:南米:ペルー l COM(2) TB(0) l top ▲
ペルー:アレキパ(2009年4月)
Peru : Arequipa (04/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



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      さあ窓を開けてごらん

      そこから光が流れ込んでくる

      そのとき空間が生まれる

      上から入る光

      脇から入る光

      真ん中から入る光

      そして窓の様々な形

      窓を開けて暗闇に光が入ってくる

      それが空間を造形する瞬間だ

                  Le Corbusier



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アレキパ。別名「Ciudad Blanca」白い町。



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建物が皆、近郊で採れる白い火山岩からつくられているため、そう呼ばれている。



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町の背後にはミスティ山(5821m)やチャチャニ山(6075m)がそびえたっている。



美食の町としても知られ、名物料理も多く、他の料理の質も高い。

ビルの少ない歴史的な町をゆったりと歩きながら、様々な料理を食べ歩くのも楽しい。



そんなアレキパの町に、1970年まで実際に修道生活が営まれていた場所がある。

「サンタカタリーナ修道院」

町の中心に、外界との接触を断ち、

閉ざされた生活を送っていた場所があるというのも驚きだ。



入場料30ソル(約1000円)と高額な料金もあって、訪れるかどうか迷うところ。

しかしここはとても興味深いところだった。

ゆっくりまわると見学に2時間ほどかかるといわれる場所を、

1日半、10時間もかけてしまった…

昼食を取りに一回外に出してもらって、

翌日も前日のチケットで何とか入れてもらって…



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入口から奥に進んでいくと中庭に出る。

この中庭は回廊によって囲まれている。

増築により建物は回廊で結ばれ、変化に富んだ迷路のような空間が出来上がった。



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回廊も光が反射して天井のレンガ積みを照らしている。

天井をつくるためアーチ工法でレンガを積んでいる。

その構造をあらわに見せているだけなのだが、それが装飾のようでもあり美しい。






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オレンジはパブリックな領域を、ブルーはプライベートな領域を表しているようである。



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部屋の中に入ると、白色の内壁が外壁の色の反射光に照らされて、

うっすらと色づく。



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修道層の個室に開口部は少ない。

しかしだからこそ光の入り込んでくる様が良く分かる。

光は闇によって際立ち、闇はわずかな光によってさらにその深みを増す。



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トップライトにハイサイドライト。



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その場に必要な光を必要なだけ取り入れる。



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トップライトからは光が降り注いでくる。






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院内には花が多く飾られている。



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室内から見たときに視線上に入るように。



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ひっそりと。






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闇があるからこそ光が強調される。

外の光の世界の何と輝かしいことか。



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表面を粗く仕上げることにより、壁面に表情をつけ、

時間と共にその表情を変化させていく。



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窓の窪みだけが明るく、その窓台のところは腰掛られるようになっている。

窓の明るさのため、その空間を部屋全体の中から切り離し、特別な空間にしている。

その空間は、本を読んだり、細かい仕事をしたり、会話をするための快適な空間となる。


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個室ごとに台所がついている。






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横からの光。

直接光でなく間接光。

透明ガラスの現代建築がつくりだす、均質で一様な光に慣らされた目には新鮮に映る。


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単に明るければいい、光を取り込めばいい、というものではない。



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内部はひんやりと涼しく静か。

瞑想をするには、それに適した相応しい空間があるのだろう。

沈黙の光とでも呼びたくなるような、静かな輝き。



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強烈な西日が差し込む。

迷いのない生き生きとした輝き。



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個室の天井は高い。

その天井をなめるように光が入り込んでくる。

このような光の下、修道層は何を考えていたのだろうか。






建築の最初の授業は、直方体の箱の中にどのような光を入れ、

どのような空間をつくるかということをいろいろ試すものだった。

それほど建築にとって「光」は重要な要素なのだろう。

そして正直言って、その後のどの授業よりも楽しかった気もする。



建築とは光の下における、ボリューム操作の壮大な遊びなのかもしれない。

2009.07.26 Sun l 24:南米:ペルー l COM(4) TB(0) l top ▲
ペルー:インカの聖なる谷巡り(Valle Sagrado de Los Incas)(2009年5月)
     チンチェーロ(Chinchero)
     ウルキージョス(Urquillos)
     マラス(Maras)
     モライ(Moray)
     ウルバンバ(Urubamba)
     ピサック(Pisaq) (05/2009)
(地図は右のルートマップを参照)



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アレキパからインカ帝国の首都クスコへ向かった。

クスコも数年前に一度訪れていたので、まずは前回行けなかった

「インカの聖なる谷」の遺跡や村々を訪れることにした。



まずはチンチェーロ。

クスコから32km、バスで一時間ほど。

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教会前の広場では、みんな昼食をとっていた。



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毎週日曜日には広場に小規模な市が立つ。

土産物から日用品、食料などいろいろなものが所狭しと並ぶ。

それらを売るのは民族衣装を身にまとったインディヘナのおばちゃんたち。



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帽子が印象的。



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子供も働く。

観光客目当ての土産物も多いけど、地元民向けの品も揃っていて、

見ていて楽しかった。それほど観光客も多くないので、オススメ。



「スペイン軍」対「インカ帝国軍」のチェスが欲しくなって、子供と値段交渉。

チェスは出来ないんだけど…



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土産物のセーターやマフラーなどはみんな手作り。

これが地方によって質やデザインも異なるらしい。

このチンチェーロのものは質はいいみたい。



チンチェーロからウルキージョスへ風の谷を通って行くことにする。

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遺跡の横の道を降り、谷に向かう。



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緑に覆われた深い谷がウルキージョスの村まで続いている。



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しばらくすると視界が開けている場所に出た。

下の方には緑色の小鳥たちが群れをなして飛んでいる。

その泣き声が谷にこだまする。

谷の先には雄大な山々がそびえ、

静寂の中にかすかな水の流れる音と小鳥の鳴き声が響く。

素晴らしい景色を見ながら、心地よい音に浸る贅沢さ。

この風の谷は素敵な贈り物を与えてくれた。



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途中で出会った少年。

下のウルキージョスの村から上がってきた。

これからチンチェーロまで上っていくらしい。

どうやら下で魚を釣っていたようだ。

うちらは下りだからそれほど大変ではないけど、

上りとなると結構しんどい。

でも彼にとってはこの行き来が日課と課しているのだろう。

民族衣装ではないけど、基調色の赤を身にまとっていたのは偶然???



村に近づくと畑が増えてきた。

大人たちは農作業に精を出し、子供たちはその周りで時に手伝い、時に遊んでいる。

有刺鉄線が針金ではなく、天然のサボテンを利用し、

そのサボテンからはトゥナの身がなっていたりして面白い。

トゥナとはフルーツ?のかな、こっちではよく食べられている。



観光客が珍しいのか、畑で働いていた人たちもこちらに興味を示す。

確かにここはあまり観光客はこないだろうなぁ。

しばしの会話の後、トウモロコシを手にしたまま両手を振って見送ってくれた。

そしてウルバンバ行きのバスを捕まえた。




翌日はマラスへ向かった。

バスと乗り合いタクシーを乗り継いでマラスの村へ。

まずはそのままタクシーに乗りモライへ。

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モライはインカ時代の農業試験場で、

ケチュア語で「丸くへこんだところ」という意味のようだ。



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円の直径は50mにも達し、深さは30mにもなる。

50m? もっと大きい気がするけど。

そして上と下の温度差は5~10度もあるという。

インカの人たちはこの温度差を利用していろいろな作物を育てたようだ。

それにしても深さ30mほどでそんなに温度差が生まれるものなのか?

何か別の工夫もこの円形の段々畑には織り込まれているのだろうか。



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訪れたとき、ちょうど円の中で儀式めいたことをやっていた。

他のところでは円の中心でパワーをもらおうといているのか、瞑想している人もいた。

う~ん、こういうのって実際はどうなんだろう。

本当に何かしらのパワーの類ががあるのだろうか?



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マラスの村までは歩いて戻ることにする。

稲穂が風になびき、その稲穂の海の先には4000~5000m級の山々がそびえる。

なんとも贅沢な散歩道。



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時が止まったようなマラスの村

集落の大きさの割には出歩いている人が少ない。

昼過ぎだったからか、まだみんな田畑に出ているのかもしれない。






広場の屋台で魚のフライ定食を食べ、

当初は歩いていこうとしたけど、時間が押していたので、

モトタクに乗ってマラスの塩田に向かう。

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谷の一部が塩田と化している。

想像していたよりも大規模だった。



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ここは場所を有効利用するために段々にしたというより、

水を送るシステムの都合上、谷の方が都合が良かったのかもしれない。



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上から下まで水路が続いていて、温泉(確か)を流している。

田に水をため、あとは乾燥するのを待って、残った塩を取る。

いまこの塩を持ち歩いて自炊に使ってるけど、なかなかの味。



モライにしてもマラスにしても、

自然の力を上手く利用すれば、

いろいろな恵みを自然から受け取れるということを示していた。

人間の知恵は凄い。

これまでの人たちから受け継がれてきた知恵をもっと上手く活かしていくべきだろう。

現代は必要以上に人工の力に依存している気がする。






そして最後はピサック。

火・木・日曜に市が立つというので合わせて行ってみた。

この市は、周辺のインディヘナたちが食料品や日用品をもって集まり、

一人一人の持ち場は畳み半畳ほどで、広場にはびっしりと露店が並び、

山村に住む人々の物々交換の場所だった。

というのはかつての話で、今では観光客目当ての土産物屋がほとんどで、

特にピサックの市ならではというような特色はなかった。



しかし遺跡は凄かった。

特に期待もせずに行ったのが功を奏したのかもしれないけど。



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斜面を上手く利用した建築群。

自然な朽ち方がある意味美しかった。



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圧巻な段々畑。



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この規模は凄い。

生活の、生きていくための工夫に過ぎないのだろうが、

美的な要素も入り込んでいる気がする。

それとも地形を活かすということは、

こんなにも美しくなれるということを示唆しているのかもしれない。



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インカの遺跡ではよく見られる水路。

これもただ水を運ぶという機能だけではなく、

見た目的にも美しくなるように水路が配置された気がしないでもない。

(この写真の角度だとそんな気はあまりしないけど…。

 メインカメラの写真が消えたんだよねぇ…)



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そして太陽の神殿を含めたメインの施設群。

この配置の仕方というか地形との一体感という点ではマチュピチュ以上。

(この遺跡の前にマチュピチュに行っていた)

いやそれだけではない。頂上付近にある見張り台の廃墟っぷり(?)や

他にも点在する遺跡を含めて、同等かそれ以上に興味深かった。



という予想外の出来事のおかげで、

日が暮れようとしているのに遺跡を全てまわりきれていない。

さすがに暗くなると帰り道が分からなくなるので、残念だが先を急ぐ。

でも想像以上に遺跡は大きく、行けども遺跡は続く…

オ~イ。



やっとのことで遺跡の外れに来て、ピサックの町の明かりが見えたときにはホットした。

まあ降りている途中に完全に日は落ちて月明かりで進むことになったんだけど…

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とまあ、そんなこんなで聖なる谷には魅力的な場所が多く、満足の行く訪問となった。

2009.07.28 Tue l 24:南米:ペルー l COM(2) TB(0) l top ▲
ペルー:マチュピチュ遺跡(2009年5月)
Peru : Machu Picchu (05/2009)
(地図は右のルートマップを参照)

ワイナピチュ山、ウチュイピチュ山、マチュピチュ山から遺跡を眺める。



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マチュピチュ、この有名すぎる遺跡を訪れるかどうか最後の方まで迷っていた。

以前一度訪れていたこともあり、

さらにそのときよりも交通機関・入場料が格段に値上げされていたから。

でも前回の訪問時は雲ひとつない快晴の下での観光。

マチュピチュは空中都市の異名をとる遺跡なので、

ぜひとも霧の合間から顔を出すような幻想的な景色を見たかった。

まだ完全に乾季に移ったわけではないから、見れる確率は低くはない。

そして前回は山に登って上から遺跡を眺めることができなかったので、

それも心残りとしてあった。



で、やってきたマチュピチュ。

結果的にはまたもや快晴…

昼前くらいから雲は出てきたけど、霧にはなる気配もなく、そのまま…



開門と同時にワイナピチュを目指す。

マチュピチュを訪れた人は大抵口を揃えたように、ワイナピチュ(からの眺め)は良いと言う。

でもそれが凄い疑問だった。

確かに上から遺跡を眺めることができるので、それは素晴らしい眺めだろう。

でもそうすると必然的にワイナピチュを見ることはできなくなる。

マチュピチュは遺跡と背後のワイナピチュがセットになって初めて

その魅力が最大限に発揮されると思う。

もちろん遺跡自体の素晴らしさとかもあるだろうけど、遺跡自体の眺めとして。

だから登るならマチュピチュ山って思ってた。

でもみんなの意見を確かめるためにもとりあえずワイナピチュに登ってみることに(笑



30分で登頂。頂上にはまだ数人。

どれどれ。

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左から順に、ハイラムビンガムロード、マチュピチュ遺跡、

ウチュイピチュ山(確かそんなような名前だったと思う…間違ってたらごめんなさい)

そして遺跡の奥に見えるのがマチュピチュ山。

お~、爽快。

やはり俯瞰するのは気持ちいい。



しかし。。。

バランスがやや悪いというか、やはりどこか物足りない。

遺跡だけとったら、他のインカの遺跡にも素晴らしいものはある。

マチュピチュをマチュピチュたらしめているのは、そのロケーション故にだろう。

まわりを高い山々に囲まれ、その中に浮遊するように山の上(正確には尾根)にある都市。

そして遺跡の後ろのワイナピチュとウチュイピチュの大小の山が背後からそれを支える。

その全てが揃って初めて空中都市マチュピチュと言えるのではないだろうか。



有名すぎる写真(遺跡の後ろにワイナピチュがそびえている)に

影響を受けすぎていることも一因だが、あの眺めが素晴らしいことにも異論はない。



ということで、やはりマチュピチュ山から眺めないわけにはいかないだろう。

と、その前にウチュイピチュにも行っておこう。

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ウチュイピチュからの眺め。

後ろにあるのがマチュピチュ山。

広場を囲むように遺跡群があり、奥の段々畑の連なりもきれいに見える。

バランスも良く、お~なかなかいいじゃん。



で、とりあえず遺跡見学を先に終わらせてしまうことにする。

精巧な石組みや水路など、大部分がよく残っているので、見所は多い。



そして場所に応じて、全体像の見え方も変わってくる。

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お気に入りの眺め。



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全般的に背後にワイナピチュが入るとやはり違う。

有名ポイント以外からでも十分にその魅力が伝わってくる。

それにこちらから見たほうが遺跡全体の配置のバランスがいいようだ。



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長くなってしまうのでここでは言及しないけど、

遺跡にはインカの人たちの技術力の高さなど素晴らしい点はある。

でも不自然なくらいキレイに整備されてる。

石の間の苔を取ったりしてたし。

使い続けるならメンテナンスは重要だけど、

ここは遺跡として残っているのだから、

ある程度朽ち果てた感じの方がいいかなぁなんて思ったりもした。

でも整備しないと雑草だらけになってしまうから難しいところだけど。



インカ橋を見に行ったり、遺跡をじっくり見ていたら時間がなくなってきた。

急いでマチュピチュ山へ登ることにする。

残り時間は1時間半。登頂は無理だな…

でも行けるところまで行こう。

登頂が目的ではなく、高いところから眺められればいいんだから。



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お~、いい感じじゃない。



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まだ時間はあるな、もう少し行ける。



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ここではほとんど人に出会わない。

やっと降りてきた人に、もう時間そんなにないよって言われる…

そ~だよね。。。

でももう半分まで来ているらしい。

まだ時間は30分しか経っていない。

おっ、こりゃもしかしたら行けるか?

とりあえずもう少し登ってみよう。



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そろそろ引き返そうと思いつつ、あと少し、あと少しって感じで大分登ってきてしまった。

閉門時間を考えると、もう引き返さないと間に合わない。

でも。。。

頂上見えちゃった。

行っちゃえ~ってことで、はい、登頂。

結局一時間で登ることができた。

でも閉門まであと30分…

数分しか居られないな…



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でも、でも、ワイナピチュの2500mとは違い、マチュピチュ山は3000m。

見える世界が違う。

まわりの山々と同じような高さにきている。

すごい気持ちいい。



そしてマチュピチュは。。。



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きた~

すごい。圧巻。

この眺め最高。

頑張ってきた甲斐あるわ。



この写真では分かりづらいかな。もう少しアップしてみると、

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西日を浴び、輝くワイナピチュとマチュピチュ遺跡。

ここからだと、ワイナピチュとマチュピチュ山の尾根に遺跡があり、

山々に囲まれた空中都市というのを本当に実感できる。



個人的にはワイナピチュからの眺めより、断然マチュピチュ山からの眺めをオススメ。

なんせ後ろにワイナピチュあるしね(笑

やはりセットでマチュピチュだな~



そして、その土地の地形を活かすことは大事だなと思った。

そうすることによって、唯一の、そこだけの特別なものになり得るということ。

まわりの地形を活かして、まわりの環境と一体となることによって、

そこの建築は魅力を増すこともある。

何でもかんでも造成して土地を均してから建物を建てるというのではなく、

その土地の持ち味を活かすことも大事。



こっちは人も少ないし、ゆっくりと眺めることができるので、是非。

時間は一時間かかったけど、体力的にはワイナピチュに登ったのと同じくらいかな。

こっちの方が傾斜がゆるいので、時間は長くても筋肉にかかる負担は同じくらい。



さて、この眺めを数分だけで満足することはできず、結局20分ほど滞在。

はい、閉門まであと10分ほど。

夕日とまではいかないけど、西日を浴び黄金色に輝いたマチュピチュを堪能し、急いで戻る。

何とか30分で遺跡に到着。

もう閉門時間をとっくに過ぎているので、遺跡内には誰もいない。

お~、貸切じゃん。

もう一度展望ポイントまで行き(有名な眺めのところ)、

誰もいないマチュピチュを独り占め。






あっ、あくまでここで言っていた良し悪しは「眺め(見た目)」についてだけ。

それと書いていて思ったのは、

個人的に一番気に入っていたのはマチュピチュ遺跡じゃなくて、

もしかしてワイナピチュ???(笑

確かに山のかたちもカッコイイしなぁ。



翌朝、空を見たら、いい感じに霧がかかっていた。

後日、その日に行っていた人に写真見せてもらったら、結構いい感じ。

くそ~、1日ずれてれば霧のマチュピチュだったのに。

霧に縁がない…

3度目の訪問は。。。ないだろう、な…


2009.07.30 Thu l 24:南米:ペルー l COM(4) TB(0) l top ▲
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