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インドを1ヶ月半、休みなしで駆け抜けてきて、
そうとう疲れがたまっていた。肉体的にも精神的にも。
特に後半は、インドが6月15日から夏休みに入ったので、
観光地にはいつもよりインド人が多くなり、
インド人に埋もれているという状況に。
ただでさえインド人を相手にするのは疲れるのに、
行くところ行くところインド人だらけで、あーーーーっ。

休むことなく毎日観光ばかりしていると、見るものも同じに見えてきたり、
次第に好奇心がなくなっていることに気がついてくる。
旅の最中に好奇心がなくなってくるというのはマズイ傾向だ…

とりあえずインドまでを旅の第一章として、
これからのイスラム圏を第二章と考え、心機一転することにした。

で、パキスタン最初の都市ラホールではのんびりと。
いわゆる観光は半日くらいしかしてないかも。
宿が居心地いいこともあり、あまり宿から出ることもなかった。
近場を散歩するのが日課になっていた。

pakistan-ラホール:モスク

pakistan-ラホール:モスク内部

pakistan-ラホール:`旧市街

町を歩いていると、イスラム圏に入ったんだということを実感。
みんな同じような白っぽいダボダボの服を着ているし、
モスクもそこら中にあり、アザーンが良く聞こえるし、
食堂とかいくと男だらけの世界にどっぷりと漬かれるし。

そう、パキスタンは中学か高校の男子校のような国なのです。
女性はあまり外歩かないし、とにかく男が目立つ。
インドからの入国審査でも、女性関係のことしか聞かれなかったし。
これは聞いた話なんだけど、
とある男の人が電車内でウトウトしていて(車内は空いていた)
気がつくと、パキスタン人の見知らぬ男の顔が股間のところにあり
喰われてしまっていたと…
うっかりウトウトできませんね。。。

ラホールといえばスーフィーナイトらしいということで見に行ってきた。
スーフィーとはイスラム神秘主義のことで、毎週木曜に聖者廟で
スーフィーの儀式が行われている。
といっても詳しいことは全然分かりません…
結構前から続いているようです。

行くと、聖者廟の中庭のようなところに大勢の人が集まっている。
とりあえずハシシが回ってくる。で、とりあえず一服。
しばらくするとおっさんが歌を歌い始めた。どうやら始まりのようである。
2人の太鼓奏者が登場。
そうすると演奏の場をつくるために、その場にいた観客を追い出しにかかった。
それも結構強引に。
なんとかステージ?もできて、2人の太鼓奏者の演奏が始まった。
同じようなリズムで演奏は続くのだが、聴いていて中々気持ちいい。

そしてメインのダンスが始まる。
ダンサーが登場すると、またしてもステージ確保のために人を追い出し始める。
「お前帰れ!」みたいな感じで、ひっぱって突き飛ばしてる。
なんちゅう計画性のなさ… 最初から空けとけよ。。。

ダンスは圧巻だった。太鼓奏者の音楽にあわせて
基本的にはとにかく首を振り続ける。ひたすら激しく振り続ける。
パキ人には珍しい長髪が振り乱れている。
足を振り上げる者もいるし、回転し続けている者もいるし
休むことなく、1時間以上は踊っていただろう。

でも踊るのはダンサーだけなんだよねぇ。
観客の中には首を振りまくっているひとも入るけど、基本観るだけ。
どうせなら一緒に混じりたいとも思うけど、
それだと趣向が変わっちゃうか…

途中で、サックスも登場してきた。
イスラムにサックス??? なんか微妙な取り合わせだ。

見ている間もハシシは回ってくるし、甘いお菓子は回ってくるし、
炊き立てのビリヤニ(炊き込みご飯)も回ってくるし、至れり尽くせり?です、ハイ。

この儀式の目的は、トランスすることによって神との一体化を図るようだ。
たぶん、当初は申請な儀式でだったのかもしれないけど、
時代の変化とともに、ハシシ吸って、首振りまくって、とにかくトランス状態になる
という風に変わってきちゃったのかもしれないなぁ。
pakistan-ラホール:スーフィーナイト

pakistan-ラホール:スーフィーナイト

pakistan-ラホール:スーフィーナイト

まっ、とても楽しめました。
これらの写真では暗くて全然分からんでしょうが…
動画がUPできればいいんだけどなぁ。

路上でマッサージをやってもらいました。
頭に謎のオイルをかけて、ぐちゃぐちゃボキバキと。
これで体の疲れも取れ(たような気がする)、いざ出発!!
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2007.07.09 Mon l 04:アジア:パキスタン l COM(5) TB(0) l top ▲
ペシャワール、名前の響きが何とも言えず素晴らしい。
アフガニスタンとの国境近くの町である。
pakistan-ペシャワール市街

pakistan-ペシャワール市街

パシュトゥーン人(パターン人?)が住んでいる地域である。
町を歩いていると、とにかくよく声がかかる。
「Hello. How are you?」

特にバザールでは、こっちこい、ちょっとあがっていけ、
と、いろんなところにお邪魔させてもらうことになる。
で、何か飲むか?ということになり、よくお茶をご馳走になった。
緑茶(中国茶)にカルダモンなどのスパイスを入れ、例によって砂糖を入れて飲む
カワ(カフワ?)と呼ばれているものである。
pakistan-tea

お茶をご馳走になりながら、英語を話せる人を通訳に会話をするのだが、
これは別に商売とは関係なく(特に商品を勧めてくることはない)
純粋に客人をもてなしたいだけのようだ。
昼食時には「一緒に食べるか?」とも。
歩いているとすぐに声を掛けられるので、まともに観光はできない…
でも気分は良い。
中にはボールペンをくれて、これを見てたまには僕らのことを思い出してほしいと。
わずかな滞在ながらそのように思ってくれることが本当に嬉しい。
pakistan-man

pakistan-man

pakistan-man

パシュトーン人は独自の戒律を持っていて、
「客人に対する歓待」「復讐」「勝利者への服従」
「敬意(特に女性に対して)」などがあるらしい。

このようなもてなしは、バザールにおいては商売人気質ともあいまっているのだろうが、
住宅地の路地を歩いていても、家の中に招かれることはそうそうないけど、
自分に対する態度には変わりはない。
ちょっととっつきにくそうな人でも、こっちが挨拶をして少し笑顔を見せると
向こうも表情を崩して笑顔を見せてくれるのが印象的だ。
2007.07.28 Sat l 04:アジア:パキスタン l COM(2) TB(0) l top ▲
ペシャワールは居心地の良い町であるが、ここは危険な場所でもある。
到着した日には中国人が3人殺されたようだし。
まあまともなことをしている人たちではないようだけど。

ペシャワールの別の側面をのぞいてみた。
ババジイというおじいちゃんと一緒にいろいろなところに行った。

まずはアフガンバサールへ。
ここはみんなアフガニスタン人が運営していて、
ペシャワールが国境の町だということを実感させられる。

アフガン難民キャンプを横目にしながら(もうここにはそんなに住んではいないようである)
難民キャンプ
次は、朽ち果てたビルへ。階段を上り、黄ばんだ背表紙のビデオが
1000本くらい棚に並んでいる小さな部屋に通された。
カウンターに隠れるように男が一人(別に隠れていたわけじゃないけど)

まずは偽札を見せてくれた。
アメリカドルに、パキスタンルピー。
良く見ると若干印刷がにじんでいるような感じ。
100ドルを2000円で買わないかと言われたけど、これだとちょっとバレそうだよ...
次はヘロイン。1kgがパキスタンでは3000ドル、それをアメリカにもっていくと
50000ドルになるようだ。ボロ儲けだね。
ここでは他にも、クレジットカード、パスポート、学生証など、いろいろ作っているらしい。
何か欲しければ2時間で作るよ!って。
さすがに作っているところは見せてくれなかったけどね。

銃の工場へ。アメリカ製の銃を手作りでコピーしている。
みんな黙々と手を動かしている。
こーいう技術力を他のところで生かせばいいのに…なんていらぬことも考えてしまう。
でもこのとき頭の中はもう銃を撃つことで一杯。
銃工場

銃工場
で、早速撃たせてもらった。
まずは拳銃。テレビの刑事ドラマのように片手ではちと無理。
両手でしっかり押さえてたけどかなりの衝撃。
的には当たらず…
次はレミントンのようなライフル銃。
ずっしりとしたライフルを構えると、おーーー何だか気分が高ぶってくる(マズイマズイ)
これまたすごい衝撃だった。残念ながら弾は的のわずかに上。

ギンギラバスをつくっている工場へ。
パキスタンではこのような派手なトラックやバスがたくさん走っている。
なんでこのような装飾をしているのかは不明。
聞いたけど「好きだから」みたいなことを言っていた。。。
ギンギラトラック

ギンギラトラック

自転車まで…
ギンギラ自転車
2007.07.28 Sat l 04:アジア:パキスタン l COM(0) TB(0) l top ▲
カイバル峠、ギリシャやオリエント世界とインド世界を結んでいた峠。
アレクサンダー大王も通ったとされているこの東西文化の交流の場。

pakistan-ペシャワール:カイバル峠1
ペシャワール側

pakistan-ペシャワール:カイバル峠2
途中で土砂崩れがあり渋滞

pakistan-ペシャワール:カイバル峠3
この峠にも人は住んでいる

pakistan-ペシャワール:カイバル峠4
そこはもうアフガニスタン

九十九折の道を登り、渓谷の底を走り抜け、視界が開けるとアフガニスタンに到る。
この厳しい環境の下でも人が住んでいるのは驚きだ。
現在、このあたりはトライバルエリアに入るので、パキスタンの法律が適用されるのは国道上のみ。

荒々しい山々の景色もさることながら、
この場の歴史を思い返すと、より魅力的に見える。
2007.07.29 Sun l 04:アジア:パキスタン l COM(0) TB(0) l top ▲
独立後、パキスタンの首都として完全に計画されてつくられた都市イスラマバード。
同じくつくられた首都であるインドのチャンディガールの数年後に計画された。

ここはチャンディガールとは違い、
各区画にビジネスエリアとかショッピングエリアといったものはない。
各々の区画に独立性があり、大体中心にマーケットがあって
それを住宅地が取り巻いている。
ひとつの区画は1.5km×2kmとチャンディガールよりも広いけど、
一区画の中の道が多く、あまり区画といったものを意識することはない。
道路も曲線のものなどは少ないが、整然と碁盤の目のように通っているわけではなく、
ある程度雑然としているので、歩いていてもそこそこ楽しめる。

この町はホントに緑が豊かである。俯瞰するとそれが良くわかる。
pakistan-イスラマバード


いまイスラマバードを中心にパキスタンはいろいろゴタゴタしているみたいですね。
訪れたのはちょうど立て籠もり事件がひと段落した後。
事件のあったところは立ち入り禁止になってましたね。
そのすぐ後に銃撃戦やら自爆テロなどが頻発…
はやく落ち着いてもらいたいです。
2007.07.29 Sun l 04:アジア:パキスタン l COM(3) TB(0) l top ▲
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